夢見るものへ


ジュンさん




























 夢を見た。



 まるで絵に描いたかのようなありきたりのリビングルームにアタシが腰掛けている。
 そして、アタシは真っ白な胸をはだけて、その豊満な乳房を吸われていた。
 うん、今よりもずっと大きくなっていた。ミサトほどじゃないけどね。
 一心不乱に乳首に取り付いているのは赤ちゃんだった。
 生理が来るたびにそれを呪い、子供なんているもんかって叫んでたこのアタシがよ。
 まあ、夢だから仕方がない。
 でも、珍しいパターンよね。
 色もしっかりついてたし、音も聴こえる。
 おまけにお乳がアタシの身体から吸われている感触まで。
 ああ、こんな感じなんだとアタシは思った。
 別に不快じゃなかった。
 他人に吸わせるどころか触らせたこともないアタシの処女雪の如き白き乳房。
 ふふん、こういう詩的表現だってアタシにはできるのだ。
 あの、何を考えているかわからないファーストとは違う。
 こういうのだったら、子供もいいかもしれない。

 柔らかな陽射しがカーテン越しに部屋に満ち溢れ、
 テラス窓からそよそよと風が渡ってくる。
 この戦いが終わったら…。
 世界が平和になったなら…。
 そう、あんな珍妙な共同生活などしなくてもいいんだ。
 加持さんみたいな素敵なダーリンを見つけて。
 わかってるもん。どうせ加持さんはミサトのものなのよ。
 アタシなんて子ども扱い。
 だからキスひとつしてくれない。
 女として見てないんだ。
 それを考えると、悔しくて寂しいけど、仕方がない。
 だって、じゃ女として扱って欲しいのかって自問自答すると困ってしまうもん。
 加持さんだって男なんだし、二人きりの時に裸で迫れば……なぁんて考えたこともあったけどパス。
 だって、もし何もされなきゃ凄く自尊心が傷つくのがわかってるし、
 そういうことをされるっていうのも、ここ最近は勘弁して欲しいって感じ。
 どうしてかなぁ?
 そうよね、オーバー・ザ・レインボーに乗ってたときはそういう想像だってしてたのにさ。
 ああ、わかった、わかった。
 きっとアレのせいよ。
 うん、日本に来てから…ううん、来た途端にアレと出くわしたんじゃない。

 使徒。

 アレと戦うのに忙しくてそれどころじゃないのよ。
 おまけに戦闘初心者で厄介者の面倒だって見ないといけないしさ。
 こうやって共同生活してやってるのも、アタシの世話をさせることであの馬鹿の意識を改革させて向上させるためだもん。
 ドイツでなんかは人に面倒なんて一切掛けさせてやらなかったもんね。
 炊事は宿舎だから別として、洗濯や掃除も全部人には一切させていない。
 下着一枚他人に触らせなかった…。
 あ、今は特別。
 今というか、アイツが特別なのだ。
 アイツは…そう、私の世話をするために生まれてきたんだ。
 使徒戦が終わったら、ハウスキーパーとして雇ってやってもいいと思ってる。
 そう。口に出しているほど悪くは思ってないってこと。

 まあ、アイツの話なんかどうでもいい。
 とにかく、その夢の中でアタシはこう…凄く気持ちよかったわけよ。
 幸せ…ってのかな?
 一生懸命にお乳を吸っている赤ん坊の頭を優しく撫でる。
 えっと…男の子かな、それとも女の子?
 頭だけ見ててもわかんないわ。
 でも、いい。
 きっとアタシに似て可愛い赤ちゃん。
 あ、もしかしたらお父さんの方に似ているのかも…。
 って、ということはそのお父さんって人とアタシは夫婦なわけよね。
 わぁ!どんなヤツだろ。
 加持さんに似てる素敵な人かな?
 あっ、足音。
 背中の方から軽い足音が聞こえてきた。
 この子のお父さんでアタシのハズバンド?

「ママ!」

 マ、ママぁ?
 って、そっか、子供が他にいてもおかしくないわけだ。
 アタシは首を曲げて息子に優しく微笑みかけた。

「なぁに、シンイチ。お昼は終わったの?」

 うわぁっ!アタシの声ったら、こんなに優しげで温かくて…。
 うん、ママみたい。
 おかしくなる前のママはいつもこんな感じに話してくれていた。
 う〜ん、でも息子の名前はシンイチか。
 シンジじゃなくてよかったわ。
 あんな名前じゃ情けない男の子になっちゃうもんね。

「うん。おいしかったよ。ハンバーグスパゲティ」

「まっ、お昼から贅沢しちゃって」

「昨日の残りだからいいんだって。それに今日幼稚園があるって思って、お弁当サイズでつくってたんだってさ。
 日曜日なのにね。パパっておっちょこちょいだね」

「ふふ、ママの分もあるのかしら?」

「うん、みんなの分があったよ」

「やったっ」

 てことは、おっちょこちょいなんかじゃなくて、最初からそのつもりでつくってたんだ。
 まあ、息子に受けようとしておどけてたってことか。
 あの人はいつも…。
 おっと、あの人ってどの人?

「あっ、ママ。赤ちゃん、眠ってるよ」

「えっ、ホント?」

 これはまずい。
 げっぷもさせずに眠ると喉を詰まらせるかもしれない。
 アタシは赤ん坊を抱きなおした。
 あ、女の子。
 顔を見たらすぐにわかった。
 ん?
 この顔って…。

「お腹一杯になった?レイ」

 お兄ちゃんが横から顔を覗きこむ。
 レ、レイ!
 確かにこの顔はファーストに似ている。
 嘘!
 って、それどころじゃない。
 げっぷをさせないといけないのだ。
 母親たるアタシは為すべきことを為さねばならないのだ。
 背中を撫でるようにさすり上げると、そのうちに赤ん坊は小さく息を吐き出した。
 げふっ。
 わずかにその口元からミルクの香りが。
 はぁ、よかった。
 赤ちゃんは目を覚ましたのか私を見上げた。
 か、可愛い!
 確かにファーストに似てるけど、もっと愛想がよく見える。
 あの人形女もこうやって笑えばいいのにさ。
 
「ねぇねぇ、ママ」

 ソファーによじ登り、アタシの肩にすがりつくようにして息子が甘えてくる。
 きっと赤ちゃんに大好きなママを取られてしまうのじゃないかと不安なんだ。

「レイってさ、お名前は…」

「ええ、ママのお友達だった女の子の名前よ」

 げげっ!あのファーストがお友達?
 嘘、嘘、絶対にない。
 ま、そこは夢だから。
 アタシは夢のアタシに言葉を任せることにした。

「レイはね、あの作戦の時に死んじゃったの」

 わぁっ、あの作戦ってどの作戦?
 ファースト、死んじゃうんだ。
 あんなヤツでもそんなの可哀相よ。

「ママがね出撃しようとしたら、自分が出るって強引に。司令の命令を振り切ってね…」

「そうなんだ…。可哀相。でもさ、それなら…」

 息子が怪訝な顔でアタシを見る。
 
「なぁに?」

「あのおねえ…」

「アスカ」

 アタシを呼ぶ声に夢はいきなり終わりを告げる。






「アスカったら、起きてよ」

「ん…」

「もうお昼休み終わっちゃうよ。ほら、起きなよ」

 目を開ける。
 ぼやっとした視界の焦点が次第に合い、その前に情けなさげなアイツの顔。

「次は理科室だよ、さあ行こうよ」

「う…」

 夢と現実の狭間で、アタシは寝起きの頭を復旧しようとした。
 どうやらお昼休みにお弁当を食べた後眠ってしまったらしい。
 ヒカリは委員会とかで話し相手がいなかったから、机に突っ伏していたんだっけ。
 ふぅ…、唐揚げにミニハンバーグ。美味しかったなぁ。
 そろそろアタシもフォークじゃなくてお箸で食べれるように…って、そんなことじゃないっ!

 せっかくのいい夢をこんな馬鹿に邪魔されるだなんてっ。
 
 ばこっ!

「痛っ!」

 馬鹿シンジが悲鳴を上げた。
 ふん、向う脛を蹴飛ばしてやったわ。
 どうしてそんなことをされたのか全然わからないって感じのアイツの顔。

「はんっ」

 顔を背けると、その先にはファーストがいた。
 無表情にこっちを見ている。

「何見てンのよっ。見世物じゃ…」

 アタシは口をつぐんだ。
 夢の中ではファーストは死んだことになっていた。
 私の願望?まさかっ。そこまで嫌いなわけじゃない。
 最初は仲良くやろうと思ってたんだもん。
 ただあまりに愛想が悪いから…。
 だけど、こんな子でも死ぬなんて可哀相。
 あれ?ファーストの表情が少し動いた。
 ああ、そうか。私はじっと見つめていたからだ。
 睨んでいたわけでもないから、いつもと違うと不審に思ったんだ。
 もう…あの赤ちゃんみたいに無邪気になればいいのに、ファーストも。

「馬鹿シンジ、行くわよ!」

「ち、ちょっと、アスカ。荷物はっ」

「はん!そんなのアンタが持ってくればいいんでしょうがっ。さっさと着いてきなさいよ!」

 アタシは振り返りもせずに歩いた。
 馬鹿シンジはちゃんと着いてくるはず。
 まあ、コイツだってそんなに悪いヤツじゃない。
 最初は情けないヤツだって思ってたけど、
 先週は命懸けでマグマの中に飛び込んでアタシを助けに来てくれたじゃない。
 少し、見直した、かな…?
 ま、理想の男性には程遠いけどね。
 ははは。

















「レイはね、あの作戦の時に死んじゃったの」

 私は肩にすがりつく息子にそう教えてあげた。

「ママがね出撃しようとしたら、自分が出るって強引に。司令の命令を振り切ってね…」

「そうなんだ…。可哀相。でもさ、それなら…」

 シンイチが怪訝な顔で私を見た。
 
「なぁに?」

「あのおねえ…」

「アスカ」

 台所からシンジが出てきた。
 愛する彼の顔を見ようと、私はシンイチの逆側に顔を捻じ曲げる。
 うっと、ちょっと角度がきついわね。
 私はレイを抱きなおした。

「またそんな嘘を吐く。レイは生きてるだろ」

「ええもちろん。私の腕の中でね。まだ産まれて4ヶ月だけど…」

「そっちのレイじゃなくて、綾波の方のレイだよ」

「ああ、あっちかぁ。あっちは紛らわしいから、おばさんって名前になってんのよ」

 私はぺろりと舌を出した。
 周りのみんなから紛らわしいから同じ名前をつけるなって散々言われたけど、私は聞く耳を持たなかった。
 だって、好きなんだもん。レイって名前。
 あの時…。
 ボロボロの弐号機でさらに戦おうとした私を差し置いて、レイは自爆的な攻撃を仕掛けた。
 ホントにあの時、あの子は死んだと思ったわ。
 奇跡的にエントリープラグはばらばらにはならず、駆けつけた私とシンジの前であの子はきょとんとした顔をしていたの。
 自分では死んだと思っていたみたい。
 思わず私はレイに抱きついてわんわん泣いちゃった。
 そしたら、レイまでぽろぽろと泣き出したのには驚いたわ。
 自分には代わりがいるからって死ぬのは怖くなかったけど、生きててよかったって。
 当然天才美少女である私はその発言を聞きとがめた。
 代わりって何よ、と。
 レイの重い口を無理矢理こじ開けて、ミサトと加持さんを巻き込んで、それから大騒動。
 真相を知ってシンジも半狂乱になってさ。
 もうこうなっちゃ司令の計画もおじゃんよ。
 シナリオはどんどん違う方向に曲がっていっちゃって。
 わけのわからない使徒もあっさり寝返っちゃったしね。
 あのナルシス馬鹿もいい加減にレイと結婚すればいいのに。
 レイは待ってるんだよ、ホント。
 ま、あの饒舌なヤツがレイの前じゃ気の効いた事を言えないんだから面白いものよ。
 酒の肴にはピッタリ。
 
 あれ…?
 この感じ。

「どうしたんだい、アスカ?」

「う〜ん」

 レイをベビーベッドに戻して、それからブラのフロントホックを留めて、服を調えた。
 腕組みをして首を傾げる。
 そんな私をシンイチは同じように首を傾げて見上げ、シンジも心配そうに見つめてくれてる。
 
「あのさ…今…」

「今、どうしたの?」

「今のやりとり、前にしたような気が…」

「前って?」

「わかんない。ずっと前。結婚するずっと前よ」

「既視感ってヤツ?」

「そうかも。ま、いっか」

 私は考えるのをやめた。
 今が幸せなんだし、答がわかっても仕方がないもんね。
 それよりも…。

「私の御飯。ハンバーグスパなんでしょっ。ぱさぱさになっちゃう」

「あ、食べる?じゃ、麺を茹でるから」

「えっ、もうつくってるんじゃないのぉ。早くたべた〜いっ」

 私はわざとらしくおねだり。
 こうなるとシンジは大慌てになる。
 ばたばたとリビングからダイニングを通過してキッチンへ。
 もちろん、その慌て方もいささかわざとらしいんだけど。

『少し待っててね!』

「少しだけよぉ!」
 
 台所からの声にこっちも大声で応じる。
 私の声にベビーベッドのレイが瞼を上げた。
 おっと、いけない。
 食後のお休みの時間なのに。

「シンイチ?レイを見ていてくれるかな」

「うん、いいよ。ちゃんと見てる」

 言うが早いか、それまでちょこんと座っていたソファーから飛び降りると、
 息子はベビーベッドに駆け寄っていく。

「ふふ、レイは可愛い?」

「うんっ、妹だもん!」

「そうよね、お兄ちゃん」

 私の声を背中にシンイチはじっとベッドの妹を柵越しに見守る。
 寝つきのいいレイはもう夢の中かもね。
 夢かぁ。
 赤ちゃんってどんな夢を見るんだろう?
 あの子の知っている世界はまだ小さい。
 そういう環境で見る夢って…。
 案外、赤ちゃんは予知夢を見ているのかも。
 これからの未来、自分がどんな風に育っていくのかを。
 
 私はリビングから出るときに、子供たちを振り返った。
 お兄ちゃんと妹か…。
 私もシンジも一人っ子で育った。
 ま、綾波レイという妹が突然できちゃったんだけど。
 小さい時は一人っ子の上に決して恵まれた家庭環境ではなかった。
 よしっ!
 私は大きく頷く。
 私たちの家庭の分まで、うちの家族は幸せになってやるわ!
 そこのおちびさん二人?
 大船に乗った気でいなさいよ。
 さあ、そのためにまずは……腹ごしらえね。
 腹が減っては戦はできないって言うじゃない。

「シンジ、できたぁ?」

『ま、待ってよ、まだ5分も経ってないよ』

「うっさい、私がこんなにお腹を空かしてるんだから、時間くらい進めてみせなさいよ」

 ああ、理不尽な私。
 愛するシンジが奮戦中の台所に私は突き進んだ。

 明日は月曜日。
 シンジは会社に。シンイチは幼稚園に。
 そして、私はレイの育児と家事に。
 でも、今日はまだあと半日残っている。
 仕事で疲れているとは思っちゃいるけど、
 甘えさせてもらうわよ、馬鹿シンジ。

 こういう光景を赤ちゃんの時の私は夢みていたのだろうか?
 そんなことはわからないけど、あの頃の私に教えてあげたい。
 肩を張って背伸びをして生きていた、あの頃の私に。

 こんな素晴らしい未来があるってことを。







(おしまい)






















後書き

 三只様。サイト開設おめでとうございます。
 小品ではございますが、お祝いの品でございます。サイトの片隅にでも置いてやってください。
 この話のアスカとシンジの家族構成は私のデフォルトでさせていただきました。
 セカンドチルドレンであったアスカにあの夢を見させたのは未来のアスカだったのか…。
 デジャヴって私は結構あるのですが、皆様はいかがでしょうか。
 因みに小さい時毎晩のように見る夢に地面が基盤に変わっていくという気持ちの悪いものがありました。
 それはその当時としては考えられないくらい精細な基盤でした。中学の頃にはその夢はもう見なくなりましたが。
 そして今、私はそんな基盤と毎日格闘しています。不思議なものですね。

















 
 
 
 アスカの見た夢は、果たして過去の自分の願望だったのか、それとも未来の自分が自身を納得させるための記憶の補強なのか。
 どちらにしろ、今が幸せなら、これに勝るものはありませんね。
 他のキャラの未来も幸福な大団円。
 大変楽しく心温まるお話でした。
 子供ネタが大好きな管理人は、これでご飯が三杯くらいいけましたよ?(笑)
 ジュンさん、どうもありがとうございました。





 素晴らしい作品を書いてくださった『ノスタルジィの探求者(V:加藤みどり)』ジュンさんへ、みなさまも感想のほどを。















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