(Telop in)
A.D. 2016 January.
Tokyo-3. 1st Junior High School, Class 2-A.





使徒との戦いに疲弊した町、第3新東京。

その姿をそのまま表すかのように、2年A組の教室も子どもたちの快活さが失われているような、どことなく沈んだ雰囲気だ。

去年から比べても半数以下になってしまったクラスの人数。

今日はそれ以外にも「欠席」が3名。

鈴原トウジは、参号機事件から、

碇シンジは、第14使徒との戦闘の後から、

2人とも学校に来ていない。

それからすでに20日以上が経過していた。


そして欠席者の最後の一人。

洞木ヒカリは、鈴原トウジの看病疲れや心労からだろう、一昨日から学校を欠席しており、もう3日目になる。

やはりこのクラスにとって彼女の存在は重要らしい。なぜなら…


蒼い目の少女の声が屹然と響く。

「先生。アタシ、体調がすぐれないので保健室に行って来ます。」

どこか近寄りがたい雰囲気を漂わせ、金色の髪を揺らしながら立ち上がるアスカ。

体調が悪いようには見えない彼女の行き先は保健室ではないにちがいない。


鈴原トウジの入院。

碇シンジの欠席。

そのたびにアスカの機嫌はどんどん悪くなっていく。

そして、洞木ヒカリのかくも長き不在。

これで彼女のご機嫌は転入後、最悪のものとなっている。


そんなアスカのようすを目で追う相田ケンスケは彼女が気になってしょうがないようだ。


彼はアスカが出ていった後、しばらく物思いに耽っていたが、ついに堪えきれなくなり手を挙げた。

「先生。ちょっとハラ痛いんで、トイレ行って来ていいでしょうか? 痛ててて…」









































教室を抜け出したケンスケはアスカの行きそうな場所を探した。

校舎の屋上へ続く階段の下の人目に付かない場所に金髪の少女の後ろ姿を見ることができた。

携帯を手に物憂げな後ろ姿でひとり佇むアスカに声をかけるケンスケ。

「惣流。」

ピクリと反応して振り向いた彼女の頬には涙の後があった。

それに驚くケンスケ。

「おまえ…泣いてんのか?」

再び背を向け、頑なな態度を取る少女。

「…ほっといて」

拗ねたような声。

「何で、泣いてんだよ?」

心配からとはいえ、いささか思慮を欠いたことばに感情が高ぶるアスカ。

「ほっといてって言ってんのがわかんないの!」

「でもなあ…」

「うるさいっ!!アンタなんかに何がわかるってのよ!ほっといてよ!!」

いきなり手にしていた携帯をケンスケに投げつけるアスカ。

運悪くそれは彼の顔に真っ直ぐに飛んできた。


ガツンッ!


とっさに避けられるほど動神経が良くないケンスケの鼻っ柱にもろに携帯が激突し、彼のメガネは落ちそうなほど激しくずれる。

「あっ…」

本当に当たるとは思っていなかったのだろう。

アスカの表情にさすがに、後悔の色が浮かんだ。

しかし、数瞬の逡巡ののちにアスカは階段を駆け上がっていった。

まるで泣き顔を見られたくない、というかのように。


「痛ててて。ムチャするなあ、あいつ。女のヒステリーは怖いよな。」


小生意気なセリフを言いながら、アスカが放っていった携帯を手に取るケンスケ。

今の出来事で液晶画面の左上のフレームにヒビが入っている。


携帯にはダイヤルした相手が表示されていた。

ぶつかった衝撃で偶然ボタンが押されたのかもしれない。

悪いとは思いながらも履歴を眺めてしまうケンスケ。


液晶にはこう表示されていた。

 加持さん 10:32 不通

 加持さん 10:33 不通

 加持さん 10:35 不通

 ヒカリ 10:35 不通 

 加持さん 10:36 不通

 加持さん 10:38 不通

 ヒカリ 10:40 不通


ほとんど間を置かず、数分おきにかけられている履歴。

それを見たケンスケはなぜかアスカのさびしさを感じた。


「オレも人のことは言えない…な。」

彼の頭の中をここしばらくの日々が通り過ぎる。


この20日余り、オレは悶々とした日々を過ごしてきた…

理由のひとつはトウジのケガのこと。

やはりアイツがあんなことになってショックだった。

しかし、トウジには見舞いに行ったときに話はできる。

元気そうな姿とあいつの軽口にほっとする。


だが、シンジとは会話はおろか、会えもしない。

だいぶ前にアスカが『機密事項だからあんまり詳しく話せないけど』と前置きして言ってくれたのによると、初号機を『降りられない』らしい。

アスカは『相当ヤバイ状態よ、あのバカ』と言っていた。


シンジと会って話がしたい…


話したい事とは…オレの留守番電話のメッセージの事だ。

何であんな事を言っちまったんだろうという後悔を頭の中で何回しただろうか。

僻み根性たっぷりなオレのことばを聞いたシンジのヤツが今もそれを気にしてやしないか、それが気になって寝られないこともある。

こんな自己嫌悪に陥るくらいなら最初から言わなきゃいいのにな…

やはり、バカだ。オレは。


自分のことに手一杯で他人の気持ちをちっとも考えてやしないダメなヤツだ。


ガキの頃から何度も同じような失敗をしてきたような気がする。

自分にないものを持つ者を妬み、そのくせ決断が必要なときはいつも逃げていた。

全てが中途半端で自分に自信が持てることはなにひとつない。

そんなヤツだ、オレは。

アスカは‥あいつのことだ、オレのようにつまらないことで悩んでいるはずはないが、


ただ、同じようにあいつも何かの悩みがあるんじゃないか。

そんな気がした。




校舎の屋上、貯水タンクのある3畳ほどのスペースにアスカはいた。

自己嫌悪モードを全開にして膝を抱えて俯いている。


だれかが階段を上がってくる足音がする。

近づく人の気配にアスカはぴくりと反応したが、そのままの姿勢を変えなかった。

今の状況でここに上がってくる人間は、ひとりしかいないと判断したのだろう。


「やっぱり、ここか。」


アスカは顔を上げてちらっとケンスケの方を向き、彼の顔を確認するとすぐ目を逸らした。

何を言おうか考えているような表情だった。


「…あ…その…」


口籠もるアスカ。

ケンスケは次のことばを辛抱強く待った。


アスカは小さく鼻を鳴らすと、息を吸い込み微かな声で言った。

「…さっきは悪かったわよ…ごめん…」

彼女にとっては珍しく素直な謝罪のことば。

ただ、照れくさいのだろう。視線はことばをかけた相手より10度ほど横を向いている。


「いいよ。人間そういうこともあるしな。気にすんなよ。」

ケンスケはアスカの泣いていた理由を聞くのはやめることにした。

(聞かれたくないことだってあるだろうしな。オレもだけど…)

アスカはケンスケの顔をじっと見て、たいしたケガがないことを確認するとほっとしたような顔をした。

その視線にアスカの優しさを感じ、ささやかな幸せに浸るケンスケ。

「忘れもんだ。」

ケンスケはアスカの携帯を差し出した。

「ん…ありがと。」

ケンスケの方を向いて携帯を受け取ろうとしたアスカの視線は携帯に釘付けになった。


「ぷっ! 何このステッカー!? ダっさあぁー!」

アスカの携帯のヒビにはケンスケがパソコンで自作したステッカーが貼ってあった。

デザインはメインのアスカをバックにして弐号機がプログナイフをかまえているという彼の力作だ。

縁取りの赤いハートマークは彼なりのご愛敬である。
 
アスカもヒビの上に貼っていることに気づいたのだろう。表情が複雑に変化したが、すぐに笑いながら話しかけた。

「ヘンなもの貼らないでよ!アタシのセンスを疑われちゃうでしょ!」

なんと言われようとも、ケンスケはアスカの表情が明るくなったことがうれしかった。


思わず心の中で『やった!』とガッツポーズをするほどに。

それを表情に表すまいと努力しながら、憎まれ口を叩いてみせる。

「あーあーすいませんねー、ダサクて。気に入らなかったら剥がしてもいいぜ。」

アスカはステッカーを剥がしはせずに、むしろ貼り付けるようにピトピトとひとさし指で押さえつけながら口元をほころばせ、えらそうな口調で言った。

「そうねー。せっかくだからしばらくは貼っといてあげるわ。どれぐらいの命かは知らないけど。」

「そのシール意外に粘着力あってしぶといぜ。」

ひとしきりふたりは笑いあった。


いつの間にかふたりは寝転がって、空を見上げていた。

空に浮かぶ雲がいくつか頭上を通り過ぎた。

このときのふたりの間にあったのは‥どこか寂しい者同士の共感だったのかもしれなかった。


アスカがぽつりと言った。

「いい天気ね。」

「ああ。」

「つまんないわよね。学校。」

「ああ。こんだけ仲のいいやつがいなくちゃなあ。」

アスカはやおら立ち上がると、制服についたほこりをパッパッと払い、ケンスケを見下ろした。

「・・ 相田、行くわよ。」

「へっ?どこへ?」

「アンタ、バカぁ?こんな天気のいい日に『行くわよ』っていったらサボリに決まってるじゃない!」


決まってるのかよ!と思わずつっこみを入れたくなったケンスケだが、こんなときの下手なつっこみは自殺行為でしかない、ということは今までのアスカとのつきあいで十分にわかっていた。

彼の頭脳はこの状況でベストな返答を模索した。

そして、選んだ答えは‥

彼は自主的に行っていた戦闘訓練で鍛えていた軍隊調の敬礼をしながら、アスカに言った。

「了解!隊長殿のご命令通り、直ちに学校を脱出します!」

そんなケンスケを見てアスカは満足気に頷くと、力強く「Gehen!」と宣言した。

ふたりだけの作戦行動開始の合図だった。



数分後、ふたりはだれにも見つからないように気をつけて林の中にある学校の柵へとたどり着いた。

アスカは150センチはある鉄柵の上に手をかけ腕に力を込め跳躍すると、脚を柵にかけることもなくヒラリと飛び越し両手を広げて優雅に着地した。

制服のスカートと艶やかな金髪がワンテンポ遅れてふわりとたなびく。

自然な動作がこんなにまで見事に絵になる人間はそうはいない。


思わず、その動きに見とれるケンスケ。


すげぇ…やっぱりこいつはカッコいいよ。なにをやってもさまになるよなあ…

しまったぁ!

なぜ今の華麗な跳躍とナディア着地を連射モードでカメラに納めなかった?

絶好のシャッターチャンスをみすみす見逃したオレはバカか?バカなのか?


激しく後悔していたケンスケは、アスカにせきたてられた。

「なにボーッとしてんのよ!早くしなさい!おいてくわよ!」

ケンスケは必死に鉄柵を乗り越えた。もちろんアスカのようにカッコよく柵を飛び越えられるわけもない。

ようやく柵を乗り越えたケンスケは、アスカと一緒に走り出した。

天気は少しも変わってはいないはずだったが、彼の目に映る空はさっきとは比べものにならないくらい青かった。








つづく









(2006/10/24掲載)


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