この日はオレにとって生涯忘れられないものとなった。

でも、何か特別なことをしたわけじゃない。


ファーストフードスタンドでソフトクリームを買って、アスカと街角で食べる。

ゲーセンでエヴァのシミュレーションゲームをしてアスカと対戦する(勝った!オレでもアイツに勝てることがあるんだ!!あいつはえらく悔しがっていたが…)

ファンシーショップでアスカの女の子らしい仕草に見とれる。


まるで…そう、こういうのをふつうは『デート』っていうんだよなあ。

オレ、今、惣流・アスカ・ラングレーとデートしてるのか?

夢か、幻か、それとも映画の中の1シーンみたいだ。

どんな些細なことも楽しくてしょうがない、そんな時間だった。


…大抵の場合、そういう時間は瞬く間に過ぎてゆくものさ…







































数時間後…

夕日が山の稜線にそろそろ近づきだした頃、アスカとケンスケのふたりは芦ノ湖の湖畔に来ていた。

コンクリートの堤防に腰掛け、ぼんやりと芦ノ湖を見ているふたり。

正確に言うと遊び疲れて座り込んでいるというのが最も的を得た表現なのかもしれない。



アスカはぽつりと言った。

「帰ったらミサトに怒られるかなー。」

「わかりゃしないだろ。自主早退して家で寝てたことにしたらバレやしないって。」

「それがそうでもないのよねー。」

そのことばと同時にちらりと横に視線を走らせるアスカ。

反射的にケンスケもそっちの方向を見ると、遙か彼方の木立の中にサングラスをかけた黒服の男が木のかげに隠れるのが見えた。

「知り合いか?」

「まあ、そんなもん。」

ケンスケはその男に見覚えがあった。


(見たところ親しい間柄ってわけでもなさそうだ。

 どこかで見たような?

 そうか、前にシンジがエヴァを降りて転校するっていうときに見た、あいつらか。)



ケンスケはそれに気づいたが、あえてアスカには言うまいと心に決めた。

(やはり、こいつはオレたち一般人とはちがう。いろいろと気苦労も多いんだろうな。)



何か明るい話題が欲しくなったケンスケは無性に今日撮った写真を見たくなった。

今日はアスカから撮影許可が出たので念願叶った彼は喜んでアスカの写真を撮りまくった。

50枚以上撮ってるだろう。

ポケットからデジカメを取り出して、今日のアスカの画像を観賞するケンスケ。

しかし、ニヤニヤしてデジカメを見ていたケンスケをアスカが見逃すはずもなかった。



「ちょっと!相田、アタシにも見せなさいよ。」

(えっ!それはちょっとマズイかも。)あわてるケンスケ。

アスカがカメラに手を伸ばしてくる。

裏返った声を出しながら、それを必死に拒もうとするケンスケ。

「別に、たいしたもの写ってねーよ!」

「貸しなさいって言ってんのよ!」

カメラを奪われまいと横にさしだしたケンスケの手を追いかけるようにアスカの身体がケンスケの上に、のしかかってくる。

「や、やめろよっ!!」

「もぉーっ!男のくせに往生際が悪いわねー!!」

もみ合っているうちにケンスケの脇腹にアスカの胸が当たる柔らかい感触がして彼はドキッとする。

顔にはアスカの髪がかかり、いい匂いがした。

そんなことに気を取られている間に、カメラはいつのまにかアスカの手の中にあった。


(まさか、すべてこいつの計算ずく?)

ケンスケのそんな思惑とは、まったく無関係に奪取したデジカメを操作するアスカ。

「いいカメラ使ってるわねー。メモリは、と・・1テラバイトか。500メガの画像を約2000枚撮れるわけね。」

デジカメをいじくっていたアスカが素っ頓狂な声を上げる。

「えーっ!アンタ…いつのまにこんな写真を!?」

アスカのあきれかえったような声。

「これって、犯罪じゃないの!?この写真!?」

モニターを指さし、脚をばたばたさせながら騒ぐアスカ。

目線を逸らし、引きつった声で誤魔化そうとするケンスケ。

「えっ?なんかヘンな写真とか写ってる?」

アスカはジトっとした目でケンスケを睨んだ。

「相田、言っとくけどね。女はねー。自分を綺麗に撮ってもらうぶんには、抵抗なんてないのよ。ただ・・」

アスカの視線が刺さるようにイタイ。

「ヤラシイ写真はイヤなのよねー。意味もなく下からのアオリとか。バストのアップとか。」

ケンスケはひと言もなかった。もし、そういう写真がカメラの中にないかと言われると、『ないわけねーだろ!』としか言いようがなかった。


アスカはケンスケに冷たい視線を向けながら、厳かに言った。

「それでは、盗撮の被告人、相田ケンスケに判決を言い渡す。」

法的には何の拘束力もない超・略式裁判にかけられ、緊張して判決を聞くケンスケ。

アスカはうやうやしく溜めを作った後、しれっと宣告した。

「…死刑」

「ええっ!!裁判長、それはないんじゃあ…」

「と思ったけどぉ…今日の功績により情状酌量の余地有りと認めて執行猶予にしてあげる。ただし、写真は消去刑に処す。これでいいわねっ!」

「そ、それだけはー! いっそ死刑の方がましです!さいばんちょー!」

「というわけで、アタシが検閲して健全でない写真は全て消してあげるわっ!」

言うが早いかアスカは、バシバシとカメラのデータを消去していった。

ケンスケは心の中で悲鳴を上げた。

(あああ、オレの大切な写真データが!1週間前ぐらいからバックアップしてないのに!)


社会的正義に目覚めた検閲官は自分の画像だけでなく、ケンスケがほかの女の子を撮った『不健全』な画像も全て抹殺していた。

何億もの規則正しい情報の配列が,虚無に還るのを為す術もなく見守るケンスケ。

こういうときのアスカの手際はおそろしく速い。

しなやかな指が目にもとまらぬ速さで動いている。選択、選択、選択、消去、消去、消去。


エヴァパイロットとしての資質や訓練がこの超人的な速さを可能にするのだろうか?

しかし、碇シンジや綾波レイにはこの速さは到底無理だと思われるほどの速さであった。



10分ほどの後にカメラは検閲官の手から帰ってきた。

1週間前ぐらいからの画像は200枚ぐらいは撮っていたはずだが、残っていたのは80枚ぐらいのデータだった。

写真の60パーセントは検閲官のお気に召さなかったらしい。


傍目にもわかるほどガックリきているケンスケの姿をアスカは笑いながら見ている。

「もうーっ、なぁにそんなにショボクレてんのよ。たかが写真じゃないの。ははぁ!アンタまた写真売る気だったんでしょ?困ったヤツね!相変わらず。」

声の調子がまるで弟を諭す姉のようになった。

それが少しケンスケの癪に障った。

「アンタも写真で商売なんて中途半端な事してないで、何か自分の打ち込めることを見つけた方がいいんじゃないの?」

(打ち込めっていったって、写真とかゲームぐらいしか取り柄のないオレに何に打ち込めっていうんだ?)

アスカはアゴに手を当ててヘコんだケンスケを眺めていたが、やおらポンと手を叩いた。


「そうだ!アンタそんなに写真やらビデオやら撮ってるなら、写真家なんて向いてるんじゃないの?」

それを素直には受け取れないケンスケ。

(優しいアスカ様はオレの将来の職業まで心配してくださっているのかよ…余計なお世話だよ。)

「待ってよ!それよかさ。プラモとかジオラマとかよく作ってるんだから特撮の映画監督とかは?ぴったりじゃない!アンタ、アニメや特撮、ゲームとか大好き人間なんだし!」


それを聞くと、僻み根性たっぷりなセリフがケンスケの口を突いて出た。

「簡単に言うなよ‥映画監督だなんてさ。オレはおまえみたいに特別な人間じゃないし。」


それを聞くとアスカの表情が硬くなった。

その雰囲気を感じ取り、激しく後悔するケンスケ。


…また、やっちまった…

こういうセリフを言った後はいつも自己嫌悪に陥るんだよなあ…

よりによって、こいつの前でこんなセリフを…救いようのないバカだ、オレは…



ケンスケのセリフを聞くとアスカはすっくと立ち上がった。どことなく怒ったような顔つきだ。

輝く芦ノ湖の水面を見つめて腰に手を当てたままアスカはしばらく黙っていた。

ケンスケにとってはすこぶる居心地の悪い時間。


しばらくして、視線は湖に向けたままでアスカは静かにしゃべり出した。

「アンタ、アタシが何の努力も無しにエヴァに乗っていると思う?」

語気が明らかに怒っている。


アスカが右手を開いてケンスケの顔に近づけてきた。

ケンスケは張り飛ばされるのを覚悟した。

目をつぶりその瞬間を待った。

しかし、いつまでたっても衝撃はやってこない。


「ほら」

「??」

「この手を見なさいよ。」


そこにあったのは普通の女の子よりは少しゴツゴツとした手のヒラだった。ところどころ皮がすりむけた跡があるたくましい手のヒラ。

「エヴァのパイロットであるにはいろいろ訓練が必要なのよ。毎日、毎日、訓練、訓練よ。その結果がこの手よ。ほら見てみ。」

アスカはケンスケの手をとり、自分の手と重ね合わせた。

男のケンスケよりもたくましい手だった。

まるでアスカの努力が結実したような少し無骨な手。

「格闘術の訓練だってあるし、銃だって使えなくちゃいけないのよ。本物の銃って結構重たいんだから。」

ケンスケもミリタリーマニア故にモデルガンは多数所持している。

(オレが持ってるモデルガンでも重いやつはあるけどそれ以上なんだろうな。発砲の反動だってモデルガンのガスブローバックじゃたいしたことないし‥)

「それからさー。この髪だってL.C.Lに浸った後は手入れが大変なのよ。L.C.Lって電解質だからシャワーを浴びてシャンプーしただけじゃすぐボサボサの枝毛だらけになっちゃうのよ。だれかさんみたいにさ。」

だれかさん?ケンスケはすぐに綾波レイの髪を思い浮かべた。ゴワゴワと固そうで枝毛が多そうなレイの髪を。

確かにレイが髪の手入れに時間をかけているところはケンスケには想像できなかった。


「なんの努力も無しに掴めるものなんて夢じゃないわ。もしくはくだらない夢。アンタはそんなもので満足するつもりなの?」

ひと言も言い返せないケンスケ。

そんなケンスケを見ながら、アスカは言い聞かせるようにことばを続けた。

「『あきらめなければ夢は叶う』それがアタシのポリシーなの。だからがんばっている人が好きよ。男も女も。」


アスカはケンスケの手の上に自分の手のヒラを置き、それをケンスケに見せながら言った。

「もしね、アンタが将来真剣に打ち込めそうなこと…映画監督でも何でもいいわよ。自分で決めた道を進んでいるときに挫けそうになるようなことがあったら‥」

アスカが顔を近づけてきて囁くように言った。


「そのときはね、このアタシの手のヒラを思い出してがんばりなさい…わかった?」


はっとするほど優しい声の調子にケンスケはアスカの方を見上げた。

そこには今まで見たこともないような優しい笑顔を浮かべたアスカが彼の顔を見ていた。


これは現実なのか?夢なのか?彼には判断がつかないような瞬間だった。


アスカは髪をかき上げながら少し戯けた調子でことばを続けた。

「もし、アンタが世界一の映画監督になったら、アタシ出演してあげてもいいわよ。もちろん、主役限定だけどね。」

こう言われては、男として逃げるわけにはいかない。

(夢のついでだ。ここで約束しとかないでどーするんだよ。)

「ああ、約束するよ。オレ、世界一の映画監督を目指してみるよ。」

「よし!よく言った!期待してるわよ。少しだけ…」

アスカはそう言って優しく笑った。


芦ノ湖の水面に反射する夕日は、アスカの髪だけでなく、まわりの風景全てを黄金色に変えていた。

堤防に腰掛けたケンスケのすぐ横に腰に手をあてたアスカの長い脚が立っている。

湖からのそよ風に金髪とスカートをたなびかせて颯爽と立つ美しい少女。


それを見上げるケンスケの表情は恋愛感情と言うよりは、憧れの対象を見るようだった。



…まるで、映画みたいな瞬間だ。

人生に『黄金の瞬間』ってのがあるとしたら、オレにとっては今このときなんだろうな…


もし、オレが将来本当に映画監督にでもなれたら、きっとこんなシーンを撮りたいと思うに違いない。

そうだ!有名な映画監督だってそういう動機でその職業を目指したはずだよ!

そうだ!オレだって…やればできるかもしれない!


彼の心の中に今までになかったものが芽生えた。

それは彼にとって、人生始まって以来の神からの‥いや、天使からの啓示だった。

心の中でこの黄金色の夕暮れがいつまでも続けばいいのにと思った。


夢のような時間もいつかは終わりが来るものだ。太陽はその姿を隠しつつあった。

「そろそろ帰ろっか。」

「ああ。」

正直、名残惜しかった。

しかし、未練たらしくカッコ悪いところはアスカには見せたくなかった。


芦ノ湖からの帰り道、ケンスケは少し前を歩いている美しく整ったアスカの横顔を見ながら考えていた。

(今日一日の出来事は夢なのかもしれない。夢じゃないのなら、アスカの姿を借りた天使が降臨してくれているのかもしれないな…)

脳内エンドルフィン全開のケンスケを幸せな錯覚が包む。

(もしかしたら、今『アスカ…オレとつきあってくれ!』っていったらOKしてくれるんじゃないか?)

いつの間にかカラカラに乾いた喉で、アスカに話しかけるケンスケ。


「ア…いや…惣流…」

「ん?」

「あ、あのさ…」

「なに?」

きょとんとした顔でケンスケの方へ振り返るアスカ。

その顔を見て石のように固まるケンスケ。


  ……静寂……


♪!♪!♪!♪!♪!


ケンスケにとっての緊張の瞬間はアスカの携帯の着信音で破られた。

せっかくのチャンスを、と残念がっているかと思いきや、どこかホッとしている自分を少し情けなく思うケンスケ。

「電話! 電話! ちょっと待ってて… もしもし。あっ!! ヒカリ! どう、具合良くなったの? えっ!今日一日寝てたらバッチリ?  明日から学校来れるの?よかったー!    ヒカリがいないとさびしくってさー。 えーっ、今日はねー。 えーっ、別に何もないわよー ………」


若い女の子同士の電話は長い。


結局10分以上ケンスケは待ち続けた。太陽はすでに稜線に沈んで、風景は夕方から夜の装いに変わりつつあった。

「……………… うん。それじゃまた後でねー。バイバーイ! …っと」

携帯を切ったアスカはニコニコと上機嫌である。

天使の微笑みを浮かべたままアスカはケンスケに話しかけたが‥その内容は彼には予想だにしないものであった。


「いい? 相田。わかっているとは思うけど…」

「えっ?」

「アンタとふたりだけで遊ぶのはこれっきりよ。」

「ええっ!?」

「ヒカリも明日からは学校に来れるっていうし、ふたりだけで遊んでいるとみんなにヘンに誤解されたら困るしね。」


(そんな満面の笑みを浮かべて言わなくても…そりゃわかってるけどさあ。

 『天使の笑顔で悪魔のセリフ』ってまさにこのことだな。

 でも、今日一緒に遊んだんだからオレのことキライじゃないよな。また誘ってみたら結構OKだったりして…)

淡い期待を抱くケンスケ。

そんな気持ちを知ってか知らずか、アスカは少し口を尖らせながら警告するように言う。


「一度いっしょに遊んだからって彼氏づらする男はキライよ…」

とどめのことば。現実を突きつけられ、落ち込むほかないケンスケ。

しかし、くるくると表情を変え、今度はイタズラっ子のような顔をしたアスカはこう続けた。

「でもね、相田。アタシ断られても好きな子になら何度もアタックするガッツのある男って…好きよ。」


(はあぁ??アスカ、おまえの言ってることわけわかんねーよ!!)


「今日は楽しかったわ。じゃあね。バイバーイ!」

屈託のない笑顔で手を振るアスカ。


それに力なく手を振るケンスケ。

一日で天国と地獄を経験した彼は達観したように心の中で呟いた。



前言撤回!

やっぱり、こいつは天使じゃない!


頭のてっぺんから足の先まで、『 惣流・アスカ・ラングレー 』。


気まぐれで、生意気で、高飛車で、

ちょっとさびしがり屋で、ときどき優しくて、

そして、どんなアニメや特撮のキャラクターよりも眩しく輝いている天才美少女。


オレにとっては…最高のスーパーヒロイン。








つづく









(2006/10/24掲載)


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