ぶちぃぃぃ!!!




このシーンでついに、堪えに堪えていた堪忍袋の緒がブチ切れる音が盛大に試写会場に鳴り響いた。

「くおらぁー!!相田あーっ!!」

暗闇にオニが立ち上がった。

暗闇の中にも爛々と光る蒼い目。

この世のものとは思えない形相の仁王立ちで監督の相田ケンスケを睨んでいるオニの名前はもはや説明不要の碇アスカ、当年取って24歳。


映画が上映されているスクリーン上ではアスカ×ケンスケのラブシーンが未だ続行中であった。


その映画の監督、相田ケンスケは口ヒゲとあごヒゲを蓄えているが、それは前世紀に活躍した伝説的な監督たちが一様にヒゲをはやしていたということを知っての彼なりのリスペクトである。(ついでに撮影時の短パン、素足にサンダルもその一環だと思われる。)


これ以上ないというぐらいに激昂しているアスカは劇中の音声に負けないぐらいに声を張り上げた。


「使徒戦終結10周年映画をアンタが作ったって聞いたから来てやってみれば!
ぬぁによ!? この映画は!! 架空のラブシーンを勝手に挿入するなぁ!!」











































アスカの真っ赤な顔と涙目の原因は怒り半分、羞恥心半分というところであろうか。

スクリーンに投射される光を遮るように突っ立ってケンスケを指さし罵倒するアスカ。



それを見ていた夫の碇シンジは天然な追憶に浸っていた。

(あれ?こんなシーンを前にもどこかで見たことあるような‥って、そんな場合じゃない!)

映画を見ることによって喪失していた現実感が急に戻ってきた。


怒りに震えて立ち上がり、ケンスケに襲いかかろうとする妻の姿がすぐ横にあった。

「アスカ!お願いだから堪えて!今日はケンスケの晴れの日なんだから!」

シンジは、暴走モードに突入した妻を押さえようと必死に腰のあたりを抱きとめた。

それにもかかわらず細身の身体からは信じられないような力でシンジを引きずるアスカ。


怒りが彼女のパワーを400%引き出していた。


シンジはタキシード、アスカは深紅のイブニングドレスという艶やかな格好とはまったくもってミスマッチな光景である。

会場のあちらこちらから「うっわーっ。映画の初号機と使徒の戦闘シーンより緊迫感あるよねー。」などと無責任な会話が聞こえてくる。


時に、西暦2026年7月。

使徒大戦終結10周年に合わせて記念映画「 Flash back 2015 〜Angel
chronicle〜 」(邦題「黙示録2015・使徒戦記」)は2年前より官民一体の映画会社によって制作費200億円超のプロジェクトが立ち上げられていた。

話は使徒大戦終結直後に遡る。

西暦2016年、国連はEVA-CHILDREN FOUNDATION(エヴァ−チルドレン基金)を設立し、その本部を特務機関NERV内に置いた。

それは西暦2000年のセカンドインパクトも含めてそれ以降に使徒による超自然的災害の被害を受けた人々(特に年少者)を救済しようという趣旨で設立されたものである。

この基金はここ10年の間、世界中の多くの子どもたちを救済する実績を上げていた。


その基金の中から200億円を制作費として捻出し、興行成績により黒字となったものを全額、被災者救済に当てようというものがこのプロジェクトである。

ちなみに最低興業目標は西暦2015年に公開されたパニック映画「Second Impact」の300億円を上回ることであった。


プロジェクト立ち上げ時に監督に抜擢されたのは、まだ年若い相田ケンスケである。

彼は中学卒業と同時に映画業界に身を投じ身を粉にして叩き上げ、異例とも言える早さで雑用→小道具→照明→カメラ→ADと上り詰めており、特にそのカメラワークの巧みさは映画界に10年にひとりの逸材とまで謳われていた。(余談であるが彼の独特のカメラワークは以後多くの作品で模倣され、この業界に「相田アングル」なる用語が誕生することとなった。)

だが、この異例の大抜擢はそれだけではなく、彼が使徒大戦時にチルドレンの友人として彼らの人となりをよく理解していたことや個人的に撮影していた対使徒戦の実写映像の貴重さが多大な影響をもたらしたことは想像に難くない。

碇ゲンドウ、冬月コウゾウらNERVの重鎮もこの案には賛同し、一大プロジェクトは20代前半の若者の手に委ねられた。


そして、今まさに映画は完成の時を迎え、全世界に先行した試写会が行われていたのである。

24歳の新進映画監督はこの映画が処女作となり、世界へ羽ばたくはずであった。


しかし、今、彼には危機が迫っていた。


二人で仲良く並んで映画を見ていたトウジとヒカリは、全くの傍観者を決め込んでいた。


「ケンスケぇ。ここまでやってしもうたらやっぱり一発や二発…いや十発はどつかれなアスカの収まりがつかんやろ。往生せいや。ところでヒカリ。何を楽しそうにわろうとんのや?」

「えっ? …それはね、最近アスカも3人の子どもを持ってすっかり『お母さん』って感じだったのに、今見ると全然中学の頃と変わらないなあって思えて、何だかうれしくなっちゃったのっ!」

中学時代を懐かしむかのようなヒカリの声。

「はぁぁ? そういう問題かいや? もうわしゃ知らん…おい綾波。お前もポップコーン食うか?」

「ありがとう いただくわ」

トウジの差し出した特大カップに手を伸ばしてポリポリとポップコーンを食べるレイ。


すっかりリリンとしての生活も板に付いてきている。


彼女は会場の喧噪をよそにスクリーンにしっかりと集中していた。

時折、大騒ぎするアスカたちに対して数ミリほど眉間にしわが寄っている。

それは『…ジャマしないで…』という感情の表れであるが、その表情が読みとれるのはごく近しい者だけであろう。


「ぼくにはくれないのかい?」レイの夫である渚カヲルがにこやかな微笑みを浮かべてトウジに話しかけた。

「気色の悪い笑い方すんなやー。ほれやるわ。」

「ありがとう。君はいい人だね。好意に値するよ。」

(相変わらず吸い込まれそうな笑顔で怖いわ、この男。)内心カヲルには少しビビっているトウジであった。


ポップコーンを頬張りながらカヲルは興味津々といった感じでアスカの暴走を観察していた。

「おもしろいね。セカンドは今、自分の過去を映像で疑似体験することによってあの頃に戻ったと錯覚してるんじゃないのかい。あの狂態はとても成熟したリリンの行動には見えないよ。そうは思わないかい?レイ。」

話しかけられたレイは少し迷惑そうな顔をしたが、ちらりとアスカの暴れている様子を一瞥した後「あれはいつものこと」とカヲルに冷たく言った。

「そうなのかい?シンジくんもタイヘンなんだねえ。」

「そう いつもタイヘン」

「同情に値するよ。」


そのころ、シンジはアスカに対して必死の説得工作に出ていた。

「アスカも知ってるだろ!この映画はE-C 基金に関係していて、興行成績が恵まれない子どもたちの救済に直接関わることを。だから、ケンスケは凄いプレッシャーの中でたくさんのお客さんに楽しんでもらえる映画を作ろうとがんばってたんだよ!そんなに怒らなくても・・」

「そのぐらいわたしだって知ってるわよ!でもね…あんまりじゃないの!どうしてこういうとき、いつもいつもわたしばっかりおもしろおかしい役回りになるわけ!?」

「そ、それは…」

「今、あなた『イジられやすいキャラだから』とか思ったでしょ!! あなたはいいわよ! 映画でもあんまり出てないんだから! あなたこの映画を見てわたしがかわいそうとか思わないの?子どもたちだって幼稚園で『やーい!おまえのママ、おもしれー!』とか『アンタ、バカぁー!?』とか言われて、からかわれるかもしれないのよ!あなたそれでも平気なのっ!?」

「うっ…」

子煩悩なシンジは子どものことを持ち出されると、とても弱い。


「それに、それに…わたしはそんなに何回も何回も『アンタ、バカぁー!?』とか…言ってないわよぉぉー!!」

(…ヲイヲイ…)

旧2−Aのクラスメートだけでなく、アスカの知己の者は全員心の中で突っ込んだのは言うまでもない。

この騒ぎには殆ど無関心な筈のレイでさえ、眉を顰めてアスカの方を咎めるように見たほどである。

(そうやって イヤなことから逃げてるのね)


それでも…碇シンジは苦悩する。


妻の言い分が全て正しいわけではないと思うが、妻の言い分にも一理、いや三理くらいある。

こういうとき、いつも妻が損な役回りになる。

キャラが立ちすぎているので、特徴が凄まじく強調されてしまうのがその原因であろう。


喜ぶべきか、悲しむべきか、自分は影が薄い分こんなとき表に出ることは少ない。

(ぼくが主人公の筈なのに…)

当然この映画の主人公はだれの目から見てもアスカである。



アスカは身を捩るようにしてシンジに訴えた。

「シンジ! お願い!! わたしのことを愛してくれているなら離してぇ!」

今の状況では本気を出せば無論、シンジの方が力は強い。アスカを引き留めることも可能であったかもしれない。

しかし、アスカの言い分を認めてやりたい気持ちが決断と腕の力を鈍らせていた。

妻への愛情と親友への義理との板挟み。

碇シンジ、何時の時代にも苦悩と葛藤が似合う男である。


スクリーン上では、愛の力で甦った(笑)弐号機 と 量産機の最後の死闘が始まろうとしていたが、スクリーンのこちら側の修羅場も目が離せない。

使徒大戦の舞台となった第3新東京市。

その中の第壱中学校跡に建てられた多目的ホール「i−REX」のこけら落としを飾る試写会に相応しい光景である。



この状況を見て、良識ある冬月はさすがに憂慮し始めた。

「碇、警備員にアスカくんを止めさせないでいいのか?」

いつものようにアゴに両手を当て、状況を静観する構えを崩さないゲンドウ。

「碇!」

「冬月先生。あなたはお解りになっていませんね。」

「…どういう意味だ。」

「映画の興行成績を上げようと思えば、何が大切だとお思いになりますか。」

「それは…内容や宣伝ではないのか?」

「それも確かに関係します。しかし、さらに大きな要素は『話題づくり』です。」

「何!?」

「この騒ぎを来場した多くの観客たちが見ていますね。彼らを観察してどう思われますか?」


観客は、アスカの暴走を魅入られたように見ている。

「見て見て、アレが弐号機のパイロットだった人よ!止めようとしているのが初号機のパイロットで今は旦那さん。」

「すごい美人なのに強そうな人だね。やっぱり伝説のチルドレンだけあるなあ。」

「必死に止めようとしている旦那さんの真剣で悲しげな表情もすてきだわー!」

「映画を見に来て、本物のチルドレンの格闘シーンを見られるなんて、ほんとに感激するよ。」


「む‥確かにこのできごとに何らかの興味を持っているようだが…」

「そうでしょう。伝説のチルドレンを描いた映画の上映中、その当人が表舞台に出て大立ち回り。全く予想していませんでしたが、最高の話題づくりだとは思いませんか?」

「しかし、アスカくんが傷害事件でも起こしたときには、マイナスイメージの方が強くなるという可能性も‥」

ゲンドウはその問いかけをも予想していたかのように、スッと左手を挙げた。

「リツコ。MAGIの回答を冬月先生に報告して差し上げろ。」

バインダーを手にしたリツコが、どこからともなく歩み出る。

「MAGIの判断は3対0。全会一致で興行成績がさらにプラスに転じると予想しています。」


ニヤリと酷薄な笑みを浮かべながらゲンドウは冬月に諭すように言う。

「大きな成果の前では小さな犠牲はつきものです。それが人の世というものです。」

「くっ…」

「息子の妻はああ見えて内面はずっと知性的な女性です。感情的になっても命までは獲りませんよ。万が一に備えて救急スタッフも用意させています。問題はない。」

(こやつ! 相変わらず目的のためには手段を選ばんな。しかし、いくら弱者救済の基金のためとはいえこの状況を看過するのは、何か人の道に外れていると感じるのはわたしだけか?)

未だ釈然としない冬月は、念を押すかのようにゲンドウに問いかけた。

「碇、本当にいいんだな?」

「無論です。この映画で収入を得なければE-C 基金に未来はない。」

溜め息とともに冬月は自分のシートに深く身を沈めると、目を閉じた。

耳には映画の音声とアスカの怒号が聞こえてくる。

(相田くん、すまん。何の力にもなってやれんこのわたしを許してくれ。しかし、君の生命が脅かされるような事態になったときはこの老いぼれが何とかする。どうか、それまで…死ぬなよ。)


激昂したアスカはシンジを引きずりながらもケンスケの間近まで迫って来ていた。

窮地に追い込まれたケンスケは口先の魔術を駆使してこの難を逃れようと必死である。


「お、落ち着けよ! アスカ。映画というのはあくまで大衆文化の娯楽なんだよ。だから現実との些少なちがいはあるわけで…」

「些少なちがいぃ!? 全然事実を歪曲してるじゃないの!おまけにわたしをこんなヨゴレ役にして! 200億もかけて自分の妄想を影像化するな!! このメガネオタクが!!」

「それはだなぁ。アスカの強さ、美しさだけでなく、アスカの人間的な弱さや苦悩、可憐さも劇中では表現しなくちゃならないから…」


「 うるさい!うるさあぁい!! 」


アスカの黒いベルベットのロング手袋を履いた右手は悪魔の鉄槌をくださんとするかのように固く丸められたパンフレットが握られ、左手はドレスの裾をたくし上げている。

ハイヒールは何時の間にやらどこかにうっちゃられ、髪を振り乱したその姿は当に夜叉。



ついにシンジの腕を振り解いたアスカはケンスケに襲いかかった。

「死ねぇ! このヘンタイヒゲぇぇ!!」

「ひぃやぁぁぁ、助けてー!」

情けない声を出して、頭を抱えて座り込むケンスケ。



その刹那、ケンスケの前に両手を広げて守ろうとする人物が!

「待ってください!」

凛とした声。


驚いて立ち止まるアスカ。アスカの目の前には黄色のワンピースを纏った少女がこちらをまっすぐに見つめて立っていた。

「あなたは確か…舞台挨拶のときに…。わたしの役の、え、えーと‥」

「…アリスです…アリス・シェルドン。アスカさん初めまして。突然の無礼をお許しください。わたし…ずっとあなたに憧れていました。」


彼女は惣流・アスカ・ラングレー役として世界各国10万人超の候補者の中からのオーディションにより選出された新人女優である。

彼女以外の配役はすべて経験豊富な実力派の俳優、女優で固められていたがアスカ役だけは監督の強い要望で新人を起用することとなった。

そのために全世界をまたにかけた史上最大規模のオーディションが展開された。

監督の相田ケンスケはこのオーディションにおいて10万通余の選考書類すべてに目を通し、本選でも絶対に妥協を許さなかった。

その姿、執念はもはやヒト為らざるものであったという。


今、その主演女優と彼女が演じた「伝説のヒロイン」が僅かな距離を取っただけで正面から対峙していた。

片やパンフレットを十分凶器になるほど固く握りしめ振り上げた碇夫人(深紅のイブドレ着用)。

片やつぶらな瞳を涙で震わせる可憐な少女(黄色のワンピ着用)。

容姿は驚くほど似てはいるが、悪役がどちらかはだれの目にも火を見るより明らかであった。

夫である碇シンジはこのときの状況を「まるでアスカの善と悪の部分が乖離して具象化されたように感じた。」と後日述懐している。

ただしこの記録は妻の怒りを買うことを恐れたために永遠に封印された。


このとき、アリスの緊張はまさに極限に達していた。

多くの観客の注目を集めていることもある。

しかし、それより何より彼女の目の前にいるのが幼い頃から憧れ続けた「伝説のヒロイン」だったからである。

彼女の態度が他者からは毅然として見えたのは、まさにこの1年間の女優としての訓練とプライドの賜物であった。

(今、わたしの目の前にいるこの人が、『本物の』惣流・アスカ・ラングレー。思っていた以上にすごく綺麗な人…写真とかビデオで見たよりも…それに何かオーラみたいなのが出てるし…これが伝説のA.T.FIELD?)

アリス…考えすぎだろ…。


極度の緊張の中、ゲシュタルトが崩壊した人間は時として意外な行動をとる。

トランス状態のアリスの身体は、当人の思考と乖離した状態で動き始めた。

少女は女優モードで動く自動人形と化した。


「お願いです。ケンを責めないでください。」

健気な口調でアスカに懇願するアリス。

「ケンはただ、いい映画を撮りたかっただけなんです。この人は本当にあなたに憧れていました。だからいつも口癖のように言っていました。自分の中の思い出ぐらい、映画の中のあなたを輝かせるのが夢だと。」


アスカは振り上げた手のことも忘れて目の前の少女を見つめていた。

手を伸ばせば届くほどの距離に近寄ってまじまじと見ても背格好はもちろんのこと顔かたちの小さな造作までほとんど同じなのだ。

その少女の緊張した悲しげな眼差しの中には自分に対する憧憬の念を感じた。

(この子、本当に10年前のわたしにそっくり…やっぱりこの年頃の娘はカワイイわね。黄色のワンピースか…懐かしいなあ。もう着られないかな?)

自尊心の高いアスカにそう思わせるほどの輝きが少女から発散していた。

やはり思春期という人生でも最高の時期に加えて芸能界で磨かれた美貌の賜であろう。



アリスは手を広げたまま芝居がかった動きで心の奥底を吐露し始めた。

「ケンは撮影中はわたしも含めて出演者やスタッフにとても厳しかった。でも、みんながそれにイヤな顔ひとつせずについていったのはひとえにいい映画を撮りたいというこの人の思いに惹かれていたからなんです。この人がキャメラを通してわたしを見るたびに現場の全員がこの人からあなたへの想いを感じました。それはあなたを演じたわたしが一番よくわかっています。」

彼女は広げた手を胸の前に組みなおし、なおも強くアスカに訴えた。

「わたし縁あって初めてこの映画に出させていただくことになりました。解らないことも多くいろいろと苦労しました。共演の方やスタッフの方の足手纏いになってひとりで泣いた夜も何度あったか…」

そのときのことを思い出したのだろう。アリスはことばを詰まらせた。

「そんなときにこの人は親身になってわたしに接してくれました。それはわたしをあなたの姿に重ねていたのかもしれません。でも、その支えがなければわたしはとうに逃げ出していたでしょう。今のわたしがあるのはこの人のおかげです。わたしそうやってこの人と接しているうちに、この人のことを‥」

そこまで話すと、少女は少し俯き、頬を赤く染めた。


……え"っ!?


アスカのみならず、会場中が息を飲んだ。


おりしも無音パートのために、レイがポリポリとポップコーンを食べる音だけが微かに聞こえる。


一呼吸おいて、少女の声が会場に響いた。


「この人のことを…愛してしまったんです。」


一瞬の静寂……………………そして!!!!!


会場はもはや大混乱である。


その混沌の輪の中には見つめ合う二人。ケンスケとアリス。

ケンスケは少し視線を落とし詫びるような口調でアリスに話しかけた。

「…すまなかった、アリス。オレは今まで君のことを過去の幻影を追いかけるために利用していたのかもしれない。こんなオレには君の気持ちに応える資格はないよ。」

「いいえ! わたしにはわかります。ケンのアスカさんへの愛情は本当に純粋な想いでした。わたしはケンのそんな純粋さを尊敬していました。でも、それがはわたしには向けてもらえなかったことは本当にさびしかった…。だから、お願いです。これからは惣流・アスカ・ラングレーを演じる女優としてではなく、アリス・シェルドンであるわたしを見てください。」

「アリス……君はこんなぼくを許してくれるのかい?」

「今のわたしにとっては、あなたしか見えません。お願いです!わたしを見てください。」


「アリス。今のぼくにとっては、君さえいればこの世の全てを引き替えにしたって惜しくないよ!」

「本当!?うれしいっ!」

人目も憚らず抱き合うふたり。


呆気にとられて見守る他ない観客たち。

映画に集中しているのは、レイのほか、ごく少数の人間だけであった。


すっかり毒気を抜かれ、真っ白に燃え尽きたアスカの手から丸められたパンフレットがポロリっと落ちた。

そんなアスカに心配そうな顔をしたシンジが近づく。

「アスカ…ねえ、アスカ…大丈夫?」

顔を覗き込み、呼びかけるシンジにも答えないアスカ。

「アスカ、ここにいるとみんなの迷惑になったらいけないから席に戻ろうね。」

アスカはシンジに夢遊病者のように手を引かれてVIP席に戻るとぽすんっと座席に座らされた。

以後、映画が終わってからかなりの時間がたたないと彼女は再起動しなかったという。



我に帰った観客からはふたりへの拍手が起こり始めていた。

「ケンスケーっ!おめでとう。」

「ケンスケのやつにもやっと春が来たっちゅうことで、これはめでたいこっちゃ!」

「クェッ、クェーッ!」

「相田くん、おめでとう!」

祝福の輪が広がっていった。


それとシンクロニシティするかのようにスクリーンの劇中でも似たようなシーンが展開されていた。

あの自己啓発セミナーのシーンである。

すべては映画界の新鋭相田ケンスケのシナリオ通りなのであろうか?

それは、神ならぬ身には解る筈もないことであった。


「理想の女の子への想いを追いかけて映画を作って、その純粋な熱意でアスカ役の女の子の心をものにしちゃうなんて凄いわねー。まさに『奇跡は起こしてこそ価値がある』ね。アンタもそう思わない?」

「ああ、若いって事はいいもんだ。オレたちにとっては羨ましい限りだな。」

「アンタその口調、わたしがもう若くないって言いたいわけ?」

「いいえ、そんなことひとことも言ってませんよ。 お・嬢・様。」

「アンタねぇー…!!」

一児を儲けたあとも大学時代から一向に変わりない迷コンビの加持夫妻である。


「ううぅ…ぐすんっ…感動ですぅ…センパイ。」

何度もハンカチで目頭を押さえるマヤ。

「マヤ、あなた大丈夫?わけのわからない映画に精神汚染されてるんじゃないの?」

そう溜め息をつきながらもリツコは策謀を巡らしていた。

(でも、自分の理想の女を捜すときの公私の区別なく手段を選ばないところや、最終的には目標を自分の手中に収める手練手管は侮れないわね。あの男、結構使えるかも。)

ケンスケを見つめるリツコの目は妖しく光った。


会場内の人間の様々な思惑を載せて映画は大団円のエンディングを迎えようとしていた。



スクリーンにはエンドクレジットが流れた後、大きなタイトルロゴが映し出されている。




GOD'S IN HIS HEAVEN. ALL'S RIGHT WITH THE WORLD.

「 神は天に在り、世は全て事も無し 」





使徒戦終結より10年。復興した第3新東京市は今日も平和であった。















LASうさぎさんから投稿を頂きました。
全7話にも及ぶ大作です。

ケンスケ主人公の、相手はアスカでいわゆるLAKもの…? と冒頭で匂わせつつ、ALICEパートと交互に話数を重ねることにより更に錯覚させてくれました。
そして最後、実は映画であったとの結末へと集束していく。
カントクであるケンスケの創作に対し、最終話の冒頭でアスカがブチ切れたのは如何ともしがたいですね(笑) まあ、主要人物のほとんどが健在で幸せそうなので、いうことなしでしょう。
本編であぶれていたケンスケも、どうやら幸せになれそうですし。
…考えてみたら、この映画ってケンスケの盛大な回想録作成及び、嫁捜しでしょうか?(笑) これからの彼が、世界のクロサワに並ぶことなく、日本のドジスンと呼び習わされないか心配です。
ほら、ヒロインはアリスですし(笑)

LASうさぎさんへの感想はこちらから

(2006/10/24掲載)


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