散歩はいつもするわけじゃない。
したいと思った日に、歩きたいと思うコースを、疲れるまで歩く。それがアタシ流の散歩。
どんなに天気の良い日でもしたくなければしないし、台風が来ていてもしたければする。自由気ままで何の決まりもない。だから習慣と呼ぶには少し抵抗がある。

雲の多い今日は家を出て繁華街とは逆方向へ歩いた。ひたすら真っ直ぐに。
見た家の半分くらいは新築で、ペンキの真新しいにおいすら漂っている。残り半分のうち、3分の2は空き地か建築中で、あとは古い家が放置されたままになっていた。窓ガラスが割れて、半分壊れたような家。
野良猫の親子が、開いたままの汚いドアから顔をだしてアタシを見ていた。だからアタシは一瞬だけスピードを落とし目線をちらっと投げて、すぐに元のスピードに戻した。



Dreamlike
written by sonora




サードインパクトから4年が経ち、ちょうど明日で5年目を迎える。そしてそれはシンジと別れて明日で3年経つことを意味する。
“別れて”と言っても別に恋人として付き合っていたわけじゃない。ただ単に物理的に離れたってそれだけのこと。
シンジはどこに行くかは最後まで教えてくれなかった。

「いろいろ見て回りたいと思ってさ」

いろいろ。
その言葉からは外国に行くのか、日本にとどまるのかすら分からなかった。

「どうしてそんなことするのよ?」

「どうしたいってことじゃないんだ。ただ見たい。それだけ。それが僕の責任かなって思う」

サードインパクトの軸だったのは僕だからね。
そう言って微笑んだシンジの顔はとても優しかった。
もう少し痛みのある表情だったら、責任を感じて沈んでいる表情だったら、あるいは泣いて喚いて引き止めることも出来たかもしれない。
そうできなかったのは、そういう暗い感情を欠片ほども感じられなかったから。
だから引き止めちゃいけないと思った。何故かは上手く言葉にならないけど。
アタシがこの意味のない散歩を始めたのはそれからだ。
未だに続けているのは、シンジのしていることと似たようなことをして、シンジの気持ちを知りたいからかもしれない。今のところ、その収穫は0に近いけど。



住宅街を抜けると小高い丘にぶつかった。ふと下を見下ろして見えたのは、更地に薄っぺらい何かが刺さっている広大な場所。

「共同墓地・・・ここから見えたんだ」

そんな言葉が思わず口をついて出た。
1度だけ、シンジとあの墓地へ行ったことがある。順序良く並んだ墓標も、たくさんあるととても不気味だった。
イーストブロックの隅の方に、ネルフに関わった人たちの墓標がある。ほとんどは遺体のない、飾りだけの墓。
ネルフの職員で、アタシたちチルドレンと深く関わっている人たちなんてほとんどいなかった。でも、この中にはエヴァの整備をしていた人や、シンクロテストの時に計測を担当していた人もいる。
そう考えると、名前は知らなくとも感慨深くなるのも無理はないと思う。
ゆっくりと一つずつ墓標を眺めながらアタシたちは歩いた。
シンジが声をあげたのは、そのブロックの端っこまで来たときだった。

「アスカ、あった」

「えっ」

シンジがそっと手で示していたのは、周りにあるのと同じオブジェ。ローマ字でそっけなく刻まれた名前と生没年。そのほかには何も書かれていない。

『KATURAGI MISATO』

それはアタシたちの保護者だった人の名前。
遺体がここにないことは分かってて、それでも気持ちとして持ってきた花を、シンジがそっと供えた。

「僕、ミサトさんと最後にしゃべったんだよ」

「そう」

「今の自分が絶対じゃないって言ってた」

「うん」

「エレベーターに僕を押し込んで、一瞬ふっと笑ったんだ、ミサトさん。それで最後だって分かってたのに、笑ったんだよ」

まるで単なる思い出話を話すかのようなシンジに、アタシは何も言わなかった。しゃがみこんで名前の部分をそっと撫でるシンジに掛けられる言葉なんて持ち合わせていなかったから。
代わりにちらっと走らせた視線は、今一番見たくない名前を捕らえてしまった。初恋、と呼ぶには余りにも幼すぎた感情をぶつけてしまった人。
もう2度と会えないことは覚悟していたつもりだった。
あり得ない奇跡を信じるほどアタシはバカじゃないつもりだった。
何が真実でもそれを受け止めるつもりだった。

『KAJI RYOJI』

何かが溢れた、そう思ったときにはもう遅かった。
溢れさせないで止めるべきだった涙は、もうアタシの言うことを聞いてはくれない。
シンジが振り向いたのが分かった。そしてどうしようか迷っていることも想像がついた。
シンジはそういうやつだった。いつだってしてほしいことはしてくれない。
何も言わないで分かってほしい、なんて虫の良すぎることだけど。

「アスカ・・・」



何も言わないで。

今はただ・・・近くにいて。

手に触れてくれたら、抱きしめてくれたら・・・。

もしかしたら涙も止まるかも知れない。



・・・やめよう。
期待したら傷が深くなる。だから何も期待しないほうがいい。
そう思ったときに息が止まりそうになったのは、いつの間にか左手がそっと包まれていたから。

「・・・」

シンジは何も言わなかった。だからアタシも何も言わなかった。
アタシの涙が止まっても、家に向かって歩き始めたときも、その日その手は離れることはなかった。

「あれから、1度も行ってないんだっけ・・・」

誰にでもなくふと呟いた。
大きく吸い込んだ空気がかすかに湿っていて顔をしかめる。
上を見上げると、黒い嫌な雲が広がり始めていた。
来た道を少し急ぎ足で戻り、その日の散歩は終わった。



その日の夜、アタシはシンジに手紙を書いた。

『今日は家をでてずっと真っ直ぐ歩きました。周りは大分家が増えたのでびっくりしています。
夕方からひどい雨で、まだ続いています。シンジは雨が嫌いですか? アタシは嫌いです』

シンプルな便箋にそれだけ書いて、でも封筒には入れない。
いつものように書いた手紙をゴミ箱に放り込む。そうして出せない手紙だけが増えていく。
手紙を書くことに意味は無い。中学のころよくやらされた漢字の書き取りと同じで、ただ何かを書いているだけ。
シンジに届けようと思っても、今どこで何をしているのかが分からないのだから届けようがないのだ。

外はひどい雨。
雨音と雷のせいで、かけているCDも碌に聞き取れない。何だかイライラする。

「雨に怒っても仕方ないわよね」

最近、思っていることを口に出してしまうことが増えたような気がする。その呟きを拾ってくれる人は誰もいないのに。
アタシの独り言に律儀に付き合ってくれるアイツだって、ここにはいないのに。

「やめっ」

雨の日にそんなことを考えたら本当に欝になりそうだ。アタシは立ち上がってお風呂場へと逃げた。



次の日も雨だった。昨日よりは幾分マシになってはいたけど、しとしとと降る哀しい雨。外に出たら体の芯まで冷えてしまいそうな、雨。
それでもアタシは、簡単な昼食をとって濡れてもいいような格好に着替えると、ジーンズのポケットに小銭だけを突っ込んで家を出た。
今日は散歩したい気分だから。したいときにするのがアタシ流だから。
それに今日はちょっとした目的もある。行き先は、昨日見下ろした共同墓地。シンジと別れてから1度も訪れることのなかった場所。
今まで、1人でそんなところに行くのは嫌だった。あの頃はまだ14歳で、全部を知り尽くしたように振舞っても結局はただのネルフの道具でしかなかった。そうやって自分を納得させてみても、あの場所で人の死に触れてしまったら、アタシはきっとその場で現実に潰されてしまうと思っていたから。
それが何故今日になって、行きたい、と思うようになったのかは分からない。もしかしたら、今日はラーメンが食べたい、と突然思うことと同じなのかもしれないし、そうじゃないのかもしれない。
アタシには分からない。でも理由なんてどうでもいい。ただそこに行きたい、と思うのならそれで十分だ。

昨日と同じコースをたどって歩く。舗装された道路も完全に平らというわけではなく、ところどころに大きな水溜りができている。最初は避けていたけど、ジーンズの裾の色が完全に変わった頃からめんどくさくなって、上から踏み潰すように歩いた。ぴちゃぴちゃ、と泥水が飛ぶのも構わずにアタシは歩いた。
共同墓地の少し手前で背の高い男性とすれ違った。どこかで見たような変わった十字架のネックレスを、傘を持たないほうの手で持っていた。
晴れていた昨日ですら誰ともすれ違わなかったのに、雨の日になったら人がいるなんて。そう思った。きっと彼はアタシと同じ物好きなのだろう。
あまり長い時間歩いていないのか歩き方が上手いのか、彼のジーンズの裾は色が変わっていなかった。

墓地で見た光景は、一種異様だった。
イーストブロックの隅、ネルフ関係者の墓が主にあるところにだけ、花が供えられているのだ。アタシが名前も知らない人にさえ、きちんと一輪供えられている。

「嘘」

口からそう漏らしたのはミサトの墓の前に来たときだった。そこには一輪ではなく、大きな花束が置いてあった。そして隣にある加持さんの墓にも。
置いてある花束は、雨粒がずっと滴り落ちていたせいで水滴塗れになっていた。
ふと気づいて、そこから2つ先を見る。碇司令とユイさんの墓が並んでいるところを。

「・・・」

やっぱり、とすら呟けなかった。
ミサトや加持さんのよりも一回り大きい花束がそこに置かれていたから。
1度目を強く閉じて、開けると同時にアタシは走り出した。
花が供えられている時点で・・・違う、さっき『彼』とすれ違ったときに気づくべきだった。
変わった十字架。あれはミサトがつけていたもの。そしてシンジがつけていたもの。
なんで今日は雨が降っているのだろう。もし降っていなかったらアタシたちは簡単に再会できたのに。
道端で、どちらともなく顔を上げて、きっとアイツは間抜けな顔して「アスカ」なんて呟いて。

「何で雨なの!?」

走りながらアタシは言った。
アタシたちの出会いは、青く青く高い空の下だった。だから再会も青空の下が良かったのに。
もう雨が体中にかかるのも構わずにアタシは走った。
昨日野良猫が居た家を通り過ぎ、そろそろ限界が近づいてきたころ、ようやく『彼』の背中を見つけた。
走れるギリギリのところまで走ると足を止め、アタシはありったけの声で叫んだ。

「シンジー!!!」

『彼』はふっと足を止めゆっくりと振り返った。紺色の傘の下から顔をあげ、そして目を見開いた。シンジが驚いたときによくやる仕草と全く変わらなかった。
『彼』は歩くと走るの間くらいの速度でアタシに近づいてきた。アタシとの間を2メートルほどに縮め、そしてようやく口を開いた。

「アスカ・・・?」

さっき思い描いた想像と寸分違わぬ声に思わず笑みがこぼれる。
大きく息を吸って吐いて、そして言った。

「見つけた」



元第二東京でお世話になっていた先生に会い、その後でアメリカとドイツに渡ってひたすら読書してたんだ。
それが、

「何してたの?」

というアタシの問いに対してのシンジの答えだった。

「日本にはない本が、たくさんあるからさ」

「そりゃあそうでしょうけど」

降り続いている雨が会話の妨害をしてくれたおかげで、アタシはシンジを家にあげなきゃいけなくなった。
3年前にもここに2人でいたことはある。けれども今は『2人でいる』という事実に対して、なんとなく現実味が沸かない。それはシンジの外見が少々たくましくなったからかもしれないし、他の何かかもしれない。今日のアタシには分からないことが多すぎる、とふと思った。

「手紙でも書けばよかったかな」

「書きたくなかったんでしょ」

「そんなんじゃないけどさ、何て書いていいのか分からなくて」

「口下手な上に筆不精だなんて、救いようがないわね」

「仕方ないじゃないか、そんなこと」

「はいはい。で、何で今度は帰ってきたの?」

さっき淹れたコーヒーを一口飲んでからシンジは言った。

「帰ってきたわけじゃないんだ」

「え?」

「今日・・・ほら、記念日だろ。サードインパクトの、さ。だからちょっと来てみただけなんだ」

「そう、なの?」

「うん。今日ゆっくりしたらトンボ帰り」

「へぇ、そう」

何気ない返事ができたかどうか、自分でも疑問だった。
やっと会えた、そう思ったのにシンジは平然と、また外国へ行くと言う。
その一言でアタシが傷ついているなんて彼は夢にも思わないだろう。アタシだって驚いているくらいなのだから。

「ならさ」

ショックを隠せるように、わざとらしい明るい声で、アタシは言った。

「今日、ここ泊まってきなさいよ」

「い、いやそんなこと」

「いいじゃない、久しぶりなんだし。あ、でも変なことしたら殺すわよ?」

「そんなことしないけど・・・いいの?」

「うん」

明日いなくなってしまうのなら、今日一日シンジを独占してしまおう。
外国へ向かうシンジを止めることはできない。だからと言って無理やり彼に付いていくこともできないだろう。アタシたち『チルドレン』が外へ出て行くにはそれなりの時間と労力が必要なのだ。後から追うことはできるかもしれないけど、一緒に出るのは不可能だ。
それならせめて、今日一日だけは。

「ありがとう。お礼にアスカの好きなもの何でも作るよ」

「ふふ、そう来なくっちゃ」

指をぱちんと鳴らしてアタシは答えた。



夕食は久々に豪華だった。冷蔵庫の中にあったものを適当に使った、とシンジは言ったけど、そうとは思えない出来だった。
3年も離れていたから話題には尽きない。アタシは近所の猫の話や面白かったドラマの話をして、シンジはお世話になっていた先生の話やアメリカにいるという友人の話をした。
さすがに、あの赤い海のころの話題は何一つ出なかった。結果的にこうして話せるようになったとはいえ、それまでには激しい感情のぶつけ合いと多少の暴力があったのだからそれも当然だろう。
あれはひどかったね。そういって笑えるほどアタシもシンジもあの頃を噛み砕けていないのだ。
ひとしきり話すと、アタシは冷蔵庫の脇にあったビールとチューハイとウィスキーを持ってきた。少し前になんとなく買ったけど1人では飲む気が起きずに置いておいたものだ。

「いいのかな、飲んじゃって。僕たちまだ未成年なんだけど」

「シンジってホント変なところ気にするわよね」

「変じゃないと思うんだけど」

「飲みたくないんなら、アタシ1人で飲むからいいわよ」

「いやいや、飲むけどさ」

シンジはビールを、アタシはチューハイを手に取った。

「じゃ、乾杯」

「何に?」

「僕たちの再会?」

「ま、何でもいいけどね。カンパイ!」

2人で合わせた缶からは、ゴン、という鈍い音がした。



2本ずつあったビールとチューハイがなくなると、今度はウィスキーを開けた。でもこれはアルコールがキツくてお互い1杯でやめてしまい、手元に残ったのは、元から残り少なかったウーロン茶だけになった。そしてそれも飲んでしまうと手元には何もなくなった。
空のグラスを弄り回すアタシと、ぼんやり外を見ているシンジの間に、音は何も無かった。

「アスカ」

「・・なに?」

アタシはほんの少しだけ緊張していた。よくよく考えたら、それなりの歳になった男女が同じ部屋で2人きりなのだ。
何かあったとしても、不思議ではないのだ。

「あのさ」

「うん」

何を言われてもいいように少し身構える。
でもシンジの口から出てきたのは、至極当たり前の質問だった。

「予備の布団とか、あるの?」

「・・は?」

「いや、そろそろ寝たほうがいいかなって思って」

時計を見たら、もう1時を回っていた。確かに寝たほうがいい時間だ。

「あ、そうよね。奥にあるから持って来るわ」

「ゴメン」

「やーねぇ。さすがに一緒に寝るわけにいかないじゃない」

「い、一緒にって・・・いやいや」

顔を真っ赤にしているシンジは、やっぱりシンジだった。
寝室として使っている部屋の押入れに入っている布団と薄いブランケットを持ってくると、シンジは回りに転がっている缶を避けてそれを敷く。
完全に寝られる状態になってからシンジは言った。

「じゃ、おやすみ。ありがとう」

「これくらい別にいいわよ。明日は・・・もう今日だけど、何時に起きる?」

「あ、ゆっくりでいいよ」

「帰る時間になったら起こしてね」

「うん」

「じゃあ、おやすみ」

「おやすみ」

アタシは電気を消してから寝室へ戻った。そうしてから、シンジはシャワー浴びなくてもよかったのかな、とか、明日の朝ご飯はどうしようかな、などと今更思った。
ま、明日考えてもいっか。そう思いベッドへとダイブする。眠気に誘われるがまま瞼を閉じようとして、今度は別の疑問が頭に浮かんだ。
シンジに、アタシの今の気持ちを伝えなくてよかったのかな。
2人で墓地に行ったあの日に生まれた感情があることを、シンジに言わなくてもいいのかな。

「ま・・・いっか、明日で・・」

明日もまだ時間はあるのだから。そう言い聞かせ、アタシは眠りへと落ちた。



目を覚ましたら、外は完全に明るかった。ついでにセミの鳴き声も煩い。続いていた雨は夜のうちに止んでしまったようだった。
時計を見て、アタシは言った。

「ヤバっ、もうお昼過ぎてる!」

とりあえずところどころ跳ねてしまっている髪を撫で付けて寝室を出る。シンジがお昼ご飯でも作ってくれていたらいいなぁ、と思いながら。
けれどもそこにシンジはいなかった。布団は無造作に畳まれて部屋の中心に置いたままで、お酒の缶も散らばったまま。
最初におかしいと思ったのは、開いていないビールとグラスに注がれたウィスキーがそのまま放置されていること。昨日、確かに空にしたはずなのに。

「シンジー?」

声をかけたけど、返ってくる言葉はない。洗面所やお風呂場にもいない。

「もう行っちゃったの?」

でも、シンジは散らかった缶を放置して出かけたりはしない。そういう性格じゃないことは確かだ。その証拠に、昨日使ったフライパンやらお鍋はきちんと元の場所に・・・えっ。

「何でっ?」

フライパンもお鍋も、確かにアタシがいつもしまっているところにあった。でも、それには昨日使ったような形跡もなかった。
嫌な予感がしたアタシは髪を適当に結っただけで外に飛び出した。行き先は、あの墓地だ。
昨日も全力疾走した距離を、今日も走る。
今感じている悪寒を吹き飛ばすために。

アタシの勘は外れたことは無い。けれども今はこの勘が外れることを願っていた。

「・・・・」

言葉が出なかったのは、予感が的中してしまったから。
昨日、墓に供えられていた花は全て綺麗になくなっていた。あの大きな花束も跡形も無い。花びらさえ1枚も落ちていなかった。
いくらなんでも、風で全て吹き飛ばされたとは考えられない。それよりも現実的な言葉はこうだろう。

「幻・・・?」

そう考えればつじつまはあう。
3年目の記念日に、シンジの幻を見るだなんて何だか出来すぎていて怖い。
シンジに会いたい、と心のどこかで強く願っていたのかもしれないアタシの心が怖い。
あんまりにも怖くなって、自分で自分を抱きしめるような格好でアタシはその場に蹲った。
だんだんと震えが襲ってきて、それと同時に瞳が熱くなる。たまらずアタシは声を出した。

「・・・んで・・何でこんな時に・・幻なんて・・・・」

どうしてこんな時に、シンジのことを意識させようとするの?
どうして神さまはいつもアタシに残酷なの?
どうして、今更になってシンジに抱いていた感情を・・・好きってことを思い出させるの?

泣いても何も変わらないことは分かってた。
それでもアタシはしばらくそのままで泣いた。



いい加減目が腫れぼったくなってきた頃、アタシはようやく立ち上がった。
雲ひとつない青空を見上げながらふと考える。
2人で墓地に行ったあの時、握ってくれたシンジの手がとても暖かくて優しかった。
ぬくもりに騙されていると言われてもいい。それはある意味では真実だと思うから。
でも確かにあの時、シンジが愛しいと思った。それも真実。
赤い海のほとりで首を絞められたときには感じられなかったぬくもりがあの手にあったからこそ、シンジが好きだと思えたのだと思う。
どうせ幻なら、本物のシンジに伝える予行練習でもしておけばよかったわ。そう思って軽く噴き出した。
このアタシが練習? ふふ、あのシンジに言うだけなんだから練習の時間すらもったいないわ。アタシは惣流・アスカ・ラングレーなんだから。
憎たらしくなるほど澄んだ青空を睨みつける。
今のアタシの気持ちが神様に、そしてこの世界のどこかにいるシンジにほんの少しでも届くように。



幻のシンジのために出した布団は、そのまま勢いで干してしまうことにした。ビールは保管して、グラスのウィスキーは一息で処分。もう2時を回っていたけど、それから軽めの昼食を作って食べ、シャワーを浴びてもう1度ベッドに横になった。
起きていたらまた泣いてしまいそうな気がするときには、眠ってしまうのが1番効く。何も考えなくても済むから。
一応、目覚ましを1時間後にセットしてから目を閉じる。
外は気持ちいい陽気だけど、しばらく散歩はしたくない。また幻に会ってしまうのが怖いから。

「だから幻じゃなくて・・・本物が会いに来なさいよ、バカシンジ」

そう呟いてから、頭の中をカラッポにした。
夢の世界へ落ちる直前に、ポストに手紙が落ちるような音が、どこか遠慮がちに響いた。





初めましての方もいつもお世話になっていますの方もこんにちは、sonoraです。まずは三只さん、掲載ありがとうございました。
とりあえず、書いた本人に「イタモノ」という意識は全くありません、とだけ言わせてください(笑)
では、ここまで読んでくださった皆さんに感謝します。sonoraでした。



sonoraさんから素敵なSSを頂きました。
遠い記憶に想いを馳せ、あの頃の彼の思考の流れに自分を沿わせるアスカ。
しかし叶わず過ぎゆく日常。その果てに見たシンジの幻は、果たして彼女の願望か、それとも未来の予想図か。
わたしは後者だと断言します。
最後の一行。その音は、きっと未来の扉を叩く音でもあったことを。


素晴らしいSSをくださったsonoraさんへの感想メールはこちらから





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