夫婦の寝室の奥深く。

アンティークキャビネットの一番下の段。

綺麗に並べられた映像ディスクの棚の裏に、それは密かに隠してあった。

一本のビデオテープ。

もはや前世紀代の遺物で、ラベルも何も貼られていない。

しかし、爪を折られたそれは大事に保管されていたのだろう。いまでも再生することが可能だ。

今回は、このテープの内容と、それにまつわる話をしよう。


































30万ヒット記念いかりけスペシャル



























父が娘の様子を見にくるという報告は、碇シンジを緊張させ、かつ喜ばせた。

未だ要職に在る父。個人的な時間は侭ならぬであろうことを推察し、もっぱらこちらから孫を見せにいってばかりだったのだから。

現在、碇家には二人の男孫に未だ乳飲み子の女孫がいる。

上の二人の孫の時もゲンドウの訪問はなかったわけではない。

しかしそれは単独ではなく、冬月やリツコを伴ったものであった。

だが今回は一人で遊びにくるという。末孫が女の子なことにも関係があるかもしれないが、事態の稀少さには変わりない。

さっそくシンジははりきって、食事の仕込みや部屋の掃除を始めた。

その傍らで、同じく報告を受けたその妻アスカはというと、嬉々としてリビング中に隠しカメラを仕込み始めた。

おそらく、父さんが孫相手に鼻の下を伸ばしている映像を撮る気なんだろうな…。

シンジの予想は全く正しい。

それに映像自体の稀少性も高いと思われる。もっとも、金品を出してまで見たいという類とは違うが。

どちらにしろ、シンジには妻の行動を掣肘する術はなかった。

おそるおそる「止めてくれないかな…」と小声で提案したところで一蹴されるのがオチである。

そして事実一蹴されたわけで。



別に悪いことしているわけじゃないのよ? 子供たちにお祖父ちゃんの思い出を作ってあげているだけだもの。

じゃあ隠し撮りするなって? アンタばかぁ!? 司令が面向かって撮らせてくれるわけないじゃないの!!



せめて、司令と呼ぶのくらいは止めて欲しいと思う。

とにかく、妻の行動はほっぽって、シンジは自分の業務に専念することにした。

全くもって賢明な選択だが、次にアスカの取った行動には、本気で首を捻ってしまう。

なんとアスカは来客用の羽毛布団を押し入れから引っ張り出すと、二階のベランダに干し始めたのだ。

「あの〜、父さんは日帰りだよ? さすがに泊まっていかないとは思うよ…?」

そう夫に言われて、アスカは一瞬きょとんとしてしまう。

しかし即座に頬を歪めると、分かっているわよとばかりに笑い返してきた。

「ふふふ、これはそういう風に使うつもりはないのよね〜…」

「え…?」

景気よく布団を叩き始めた母親を面白そうに見上げる子供たち。

彼らを伴ってシンジは階下へと下りた。

子供たちには彼女のロケットエンジン並の行動力と発想力が遺伝してないことを切に願う。

願いながら、黒い瞳は二階から響いてくる高笑いに唱和する二人の息子を見た。

…もう手遅れかも知れないけど。








そして翌日。

『スピリットよりタワーへ。目標発見。繰り返す。目標発見』

イヤホンから響いてくる妻の声に、半ばウンザリしながらシンジは応じる。

「…タワー了解。タワーよりスピリットへ。至急帰投せよ」

『こちらスピリット。了解、オーヴァー&アウト』

間もなく階段をアスカが走って下りてきた。そんな彼女の右手には乳児の娘。左手には双眼鏡。

先ほどまで二階のベランダで哨戒活動に励んでいたのである。

アスカ、最近飛行機モノの映画に凝っているだよなあ…。

ぼんやりと考えていると持っていたレシーバーを引ったくられた。

双眼鏡と一緒に近くの棚へと放り込んだアスカは、スカートを素早く撫でつけながら訊いてくる。

「どう? 大丈夫? 変なトコ、ない?」

シンジは無言で頷きつつ、自分の引きつった顔もほぐした。

久々に緊張している。なにせ、父さんが来るんだ。

不意に右手をぶんぶんと振られた。

視線を下ろすと、右手を掴んだ長男が無邪気な顔で見上げてきていた。

緊張が伝わってしまったのかと微笑みつつ反省する。

左腕の中で身じろぎする次男坊も抱え直し、再度覚悟を決めたとき。

広い玄関にチャイムが響く。

「は〜い!!」

シンジもたじろいでしまうような大きな声でアスカは返事した。

いわずもがな、扉の向こうの人物も、おそるおそるといった風体でドアを開けてきた。

最低限、人が通り抜けられそうな隙間を開け、事実そこから身体を滑り込ませるようにして、碇ゲンドウが三和土に立っていた。

長身の背筋はピンとのび、黒のスラックスに黒のシャツ、黒のジャケット。

条件反射的に、シンジはその司令服と酷似した服装に威圧感を覚えてしまう。

それでもすくんでしまったのは数瞬のことで、即座に笑顔を浮かべる事が出来た。きっとこれも成長の証しだろう。

「いらっしゃい、父さん…」

短くも心のこもった声で出迎える若い父親に反して、その幼い息子は全然臆することはなかった。

父親の挨拶を追い越せとばかり祖父の右足にへばり付いてる。

「おじーちゃん、こんにちわ!」

クリクリとした黒い瞳と元気いっぱいの声に見上げられ、さすがのゲンドウも相好を崩すかに見えた。

しかし、笑みを形作ろうとした頬は、30%ほどつり上がったところで急停止してしまう。

他ならぬ嫁の視線に気づいたからに他ならない。

シンジの妻であるアスカの視線。

サングラスの義父の視線を受け止め、ニヤニヤとニコニコの見事なコラボレーションの笑みを浮かべたまま、アスカは優雅に挨拶した。

「ご無沙汰しております、お義父さま。本日はようこそおいでくださいました」

次の瞬間ゲンドウの顔を掠めた表情は表現しがたいものだった。

それこそ憶してるようにも見えるし、戸惑っているようにも見えるし、苦虫を噛みつぶしているようにも見える。

しかし、その表情を覗かせたのも一瞬のことで、たちまち平素の鉄面皮に戻ると、

「う、うむ。お邪魔させてもらう…」

呻くような声だったが挨拶を返したのは、さすがネルフ総司令といったところか。

父が狼狽する理由は、シンジにも大体察しがついていた。

根本的にエヴァのパイロットとして色々とんでもないことばかり強いてきている。

無茶な作戦にエゴイッスティックな計画。

そのプロセスで半ば見殺しにしたエピソードもあるものだから、後ろめたさは尚更だろう。

くわえて、いわゆる血縁的な排他傾向も強いゲンドウである。

自分の血を分けた息子、その血を受け継ぐ孫に比べ、嫁は赤の他人。

もともと他人との付き合いを極端に忌避する彼であるから、砕けてみせろと言う方が無理な相談だ。

邸内に招じ入れられても、ゲンドウには受難(?)がついて廻った。

案内する初孫に手を引かれ、思わずにやけそうになってしまうゲンドウ。

しかし、その背後からは、嫁の形容不能な熱視線ビームが絶えず降り注ぐ。

振り返り目を合わせる覇気も欠いたゲンドウは、背中に冷たい汗を掻くのみだ。

反して、目前を行く孫の可愛さよ。

このように、天国と地獄の嫌すぎるラグランジュポイントが、ここ碇邸に現臨したのである。

さすがに見かねたシンジが次男坊を抱えたまま妻に頼み込む。

「その…キミの気持ちは分かるけどさ、もっとお手柔らかにしてもらえない…?」

アスカはさも心外そうな視線で夫を一撫でしただけで何も言わない。

ただ唇を笑みの形に吊り上げ、前方を行く義父の背中を眺めるだけ。

彼女の口元からこぼれた「フフフフ」という呟きが、まるで固体化したかのように廊下に散らばり転がって行く。








さすがにリビングの団欒までにも、アスカは義父を針のむしろに座らせる気はなかった。

極めて珍しい事に、にこやかに手ずから紅茶を振る舞ったものである。

対してシンジはほっと胸をなで下ろすも、自分が父の相手を率先して努めなければならない現実に愕然とする。

なにしろ当初は自分が給仕役をするつもりでいたのだから。

でも、とにかく会話をしなきゃ。せっかくの機会だし…。

意を決してシンジは口を開く。

「と、父さん、今日はよく遊びにきてくれたね…?」

「う…む」

「珍しく、休みが取れたの?」

「…ああ」

「じゃあ、これからも偶に来れる?」

「…そうだな」

「それは…嬉しいよ。うん…」

「……ああ」

「…えっと…」

「………」

会話が弾まないことおびただしい。

シンジ自身、ゲンドウと向かい合って会話を交わしたのが少ないことに今更ながら気づく。

挙げ句、誤魔化すように同じタイミングで互いに紅茶に口を付けてしまう始末。

そんな二人の中心に、不意に動きが生じた。

邪気のない瞳が祖父と父とを順繰りと見て、元気いっぱいにはしゃぎ出す。

見かねたアスカが、胸元に抱え込んでいた長男坊を解放したのだ。

このようなとき、場の空気に頓着しない子供とは貴重である。

そもそも長男坊自身、幼い上に過去の確執など知ったことではない。

勢いよく祖父の膝を登ると、そこに定位置を確保。さっそくお菓子のおねだりする。

お菓子をとってやればさっそく頬張って元気にお礼を言ってくる姿に、もうゲンドウも仏頂面ではいられない。

厳つい顔に笑みが浮かぶ。温かく柔らかな笑み。

一気に和んだ空気に、シンジも自分が笑みを湛えていることに気づく。

ふと視線を横へ向ければ、アスカも屈託のない笑顔を浮かべていた。

優しい妻の微笑み。もうきっと気は済んだんだろう。

色々と胸をなで下ろすシンジであったが、ものの数分後にその認識が甘かったことを知らされることになる。

祖父の膝の上で甘えていた長男坊が、不意に床に飛び降りた。

そして思わず眉間に皺を寄せてしまう祖父に向かって一言。

「おしっこ!」

「そうか、一人で行けるのか。えらいな…」

一転、褒めるゲンドウにニッと笑い返して、小さな身体はパタパタとリビングを出て行く。

一緒にその背中を見送っていたシンジの隣で、アスカもソファーから腰を上げた。

「ちょっとこの子ももよおしたみたいですから…」

そういって彼女が掲げて見せたのは次男坊。

「じゃあ、シンジ、ミコトをお願いね。お義父様もごゆっくり…」

アスカの台詞の違和感に、その時のシンジは気づかなかった。

替わりに、「うん任せてよ」と返事をする。

涼やかな香りを残してアスカが立ち去った後、残されたのは男二人に乳飲み子の女児。

「…ほら、父さん。見てやってよ…」

シンジはソファーの脇に置いた藤製のベビーベッドから、娘を大事に抱え上げた。

ちょっとだけ照れたように躊躇い、それでも促されるままにゲンドウが女孫の顔を覗きこもうとしたとき。

「シンジ〜!! ちょっと来て〜!!」

廊下からアスカの声が。

せっかく抱え上げた娘と父の顔を見比べて、結局シンジは娘をベビーベッドに下ろすと、父に語りかけた。

「ごめん、父さん。ちょっとミコトのこと、見ててくれる?」

「…あ、ああ…」

なんとも不安そうな表情になる父に少し胸が痛んだが、いまはアスカだ。

リビングを飛び出したシンジは、すぐに廊下を挟んだ隣の部屋でアスカが手招きをしていることに気づく。

「どうしたの、アスカ?」

最後まで言い終えることなく、シンジは室内へと引っ張り込まれた。

そこには既に長男坊も次男坊もいて、そして…。

「なんだよ、これっ!?」

思わず大声を上げてしまった途端、アスカから頭を引っぱたかれる。

「しーっ!! 静かにしなさい!!」

痛む頭をさすりながら、しかしシンジもぼやかずにはいられない。

なにせ和室の壁一面が、幾つものモニターやカメラ機器で埋め尽くされていたのだから。

そのモニターに映っているのは――――――リビングでくつろいでいるらしい父・ゲンドウだ。

「一体いつのまにこんな設備を…」

呻くようなシンジの傍らで、アスカが食い入るようにモニターに見入っている。

「ふふ、今からもっと面白くなるわよ…?」

ほくそ笑む妻は果たして予言者だったのだろうか。

モニターの中のゲンドウは、ソファーに座りすっかり冷めた紅茶を啜っていた。

しばらくそうやっていたが、やおら立ち上がると、リビングのドアを気にしながらベビーベッドの側まで歩み寄る。

おそるおそるといった風体で女孫の顔を覗き込むゲンドウ。

「はい、ここでズームアップっ!!」

アスカが機器のツマミを回せば、モニターの一つに映るゲンドウの横顔が拡大される。

やや粒子の荒い映像ながらも、シンジは父のはにかんだような笑顔をはっきりと見る事が出来た。

同時に、その笑顔に既視感を覚える。

昔、まだエヴァパイロットだった頃。

初号機のモニター越しに見た光景。

綾波レイと向かい合い、会話を交わすゲンドウの姿。

その時のゲンドウの表情に酷似していたのである。

「なんだ、司令もいい顔出来るじゃない…」

次男坊を抱え込んだまま、嬉しそうにアスカも言う。

モニターを見つめたままシンジも肯き返し、少しだけ妻に感謝する気になった。

最初は盗撮なんて悪趣味だと思っていたけど、これなら悪くないかも…。

笑みを引っ込めたゲンドウは、再度キョロキョロとリビングのドアを伺っている。

息子たちが戻ってくる気配がないのを察したのか、ゲンドウはそろそろと孫に向かって手を伸ばし始めた。

節くれ立ったやけどの痕も痛々しい手が、赤ん坊の頬をくすぐる。

くすぐったそうに身をよじる赤ん坊に追従するように、ゲンドウの顔も綻ぶ。

しばらくそうやって戯れた後、次にゲンドウのとった行動には、心底シンジは驚いた。

またぞろ周囲を見回してからベビーベッドに顔を近づけると、両手で顔を覆ってから、ぱっと手を開いて孫の顔を覗き込む。

開いた手の下から表れた顔は無表情なのだが、何度も同じことをしているところを見ると、まさかこれは…。

「…父さんが、いないいないばあしてる……?」

さすがにモニターは音声まで拾ってくれない。しかし、どう考えてもあの行動は…。

茫然とするシンジの隣で、ぼふん!! という音がわき起こった。

モニターの衝撃映像の興奮が覚めやらぬまま音の出所を見れば、アスカが羽毛布団に突っ伏して、それをバンバン乱打しているところ。

埋められた顔の下から、くっくっくとくぐもった笑い声すら響いてくる。

…布団は、こう使うつもりだったのか…。

呆れつつも納得するシンジ。

そんな彼の前のモニターで、しつこくゲンドウがいないいないばあを繰り返し、なぜか赤ん坊が大喜びしている姿が映り続ける。

ぼふんぼふん!!






隣室で息子夫妻が見守っているのなどとはつゆも知らず、孫と戯れるゲンドウ。

その手が不意に引っ込んだのを見て、むしろ見守っていたシンジの方が驚いた。

理由はすぐに判明した。

廊下を渡り、決して薄くない壁すら貫いて響いてくる烈火のような泣き声。

モニターの中のゲンドウよろしく、シンジもおろおろしてしまう。

「ど、どうしよう、そろそろ助けにいかなきゃ…」

「いいから、もう少し黙って見てなさい」

狼狽する様子が親子そっくりなものだから、笑いをかみ殺しつつアスカは制する。

「で、でも…!!」

モニターの中のゲンドウは、意を決したように孫を抱え上げている。

不器用ながらも前後に身体を揺らして、幼い背中などをさすってやっているところを見ると、必死であやしているようだ。

しかし、赤ん坊が泣きやんでいないのは、なお響いてくる泣き声と合わせて火を見るよりも明らか。

モニター越しにも、はやく息子夫妻が戻ってこないのかというゲンドウの焦りが伝わってくる。

反面、ゲンドウは大声で助けを求めるタイプではない。そうしたとしたら、それこそ驚天動地の出来事だ。

妻に制され、シンジがジリジリと見守るしか出来ない中、ゲンドウはふと孫のお尻あたりの匂いを嗅いだ。

顔をしかめ、どうやら泣いている理由を察した様子。

ベビーベッドの傍らにおしめの替えが綺麗に用意されているあたり、これもアスカの策略のうちか…。

ならばこれだけで済むはずがない。まだ布石が敷かれているはず。しかし一体どのような?

シンジが渋い顔でモニターを睨み付けると、ゲンドウはゆっくりと孫をベビーベッドへと寝かせているところ。

サングラスをかけたままの視線はしっかりとおしめセットを見据えている。

完璧に行動をコントロールされていることに、父さんは気づいているのだろうか?

ゲンドウの震える指が、赤ん坊のベビー服にかけられる。

心なしか額に汗を掻いているようだ。

おしりの部分のボタンを外し開封。

表れた紙オムツを開いた瞬間、今度こそゲンドウは目に見えて狼狽した。

ハッっと顔上げ、周囲をキョロキョロ見回す。

駆け出そうとして踏みとどまり、大きく口を開けて叫びかけて止める。

それを幾度も繰り返している。



ぼふんぼふんぼふんぼふんぼふんっ!!



傍らから響いてくる音に半分顔をしかめながらも、父が何故狼狽しているのか、シンジには見当がついていた。

おしめについた緑色の便。

父さんは、母乳で育った赤ん坊が、緑色のうんちをすることを知らなかったに違いない。

それだけ僕が産まれたときは育児に無関心だったのかも、と少しだけ胸が痛んだり。

そんな夫の心情を知ってか知らずかアスカは破顔する。

「いやー、昨日頑張って食べたかいがあったわ♪」

「…そのために、ご飯にホウレンソウ出すようリクエストしてきたわけ!?」

ちなみに青野菜を食べた母親の母乳を飲んだ赤ん坊はよく緑色の便を出す。

目尻の笑い涙を拭うアスカに、シンジは驚いたらいいのやら呆れればいいのやら。

これが彼女なりの復讐とするならば、微笑ましいと形容してもいいものだろうか。

だけど、顔全体をしかめてシンジは言った。

「でも、そろそろ…」

「分かってるわよ。いい加減、勘弁してあげましょ」

言い残すと、アスカは子供たちを引き連れ座敷を出る。

未だモニターの前に佇むシンジには、リビングのドアを開けて飛び込んできたアスカに安堵の表情を浮かべるゲンドウの顔がはっきりと見えた。








夕食を終えて、ついでに孫と一緒にひとっ風呂浴びてから、ゲンドウはゆるゆると辞していった。

名残惜しげな顔に、シンジは車で送って行くよと提案したが、短く断られた。

結局、一家総出で庭先まで出てゲンドウを見送る。

「またね、おじいちゃ〜ん!!」

元気な孫の声に半身になって片手を上げて応じてから、ゲンドウは一人帰路につく。

その背中を見えなくなるまで見送ってから、シンジはしゃがみこんで長男坊を見つめた。

「どう? お祖父ちゃんのことは好きかい?」

「うん、おじいちゃんはやさしくてだいすきだよ!!」

迷いのない真っ直ぐな返事が、心を温かく貫いて行く。

「…どうしたの? おとうさん、ないてる?」

「…ううん、何でもないよ。さあ、お家へ戻って寝よう…」

眠そうな次男坊を抱え直し、シンジは不思議そうな顔のままの長男坊を促す。

そんな彼の隣には、末娘を抱えたアスカの姿。

表情だけで「よかったわね」といってくる様が、こちらも涙が出るほど嬉しい。

涙をこぼさぬよう、シンジは軽く空を見上げる。

滲む視界に、真円に浮かぶ月も歪んだけれど。

…ああ、みんなが許されていく。

お互いに許されていく。

あらゆる過去は受け入れて許されて。

罪のない未来を子供たちに語り継いで行けることが、何にも増して嬉しく、誇らしかった…。















以下、後日談。

この日アスカが撮影した動画は、ついぞデジタル化されることはなかった。

シンジの強い希望で一本のビデオテープにだけ編集・保存され、残りは全て抹消された。

この提案が受け入れられるまで二人の間に様々な駆け引きが存在したらしいが、夫婦の関係が破綻しなかったとだけ言明しておこう。

後年になってから、よくシンジはこのテープを鑑賞した。

繰り返し見るたびに、もともとクリアでなかった映像は、細部が少しずつ曖昧になっていく。

いつかは、人物像の輪郭すら定かではなくなるだろう。

シンジ自身、それでいいと思う。それがいいと思う。

いつまでも明確な記憶など、本来存在しないものだ。

損なわれた部分は修正、補強され、どのような思い出も柔らかいものへと変貌を遂げる。

このデジタルの時代にシンジが望んだのも、まさしくそういうことだった。

傍目には滑稽にしか見えない映像も、やがては全て微笑ましく優しいものへと。

過日、だいぶ粒子の粗くなった映像を眺めながらシンジは呟く。

きっと僕の考え方に、父さんも共感してくれるに違いない。

それを肯定するかのように、画面の中で狼狽しているはずのゲンドウの映像は苦笑しているように見えた。



























(2005/5/25)



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