可愛らしい花になり、愛でられたいと願う。

しかし、求めた愛情は得られず、届かぬ愛はしこりとなって残った幼年期。


豪奢な花となり、他者がひれ伏すほど咲き誇りたいと思う。

しかし、一度手折られた花は容易く痛み、刺ばかり増した思春期。






荒み果て花弁は萎れ、されど水を注ぐ彼の姿に気づく。

自分と違い日陰にひっそりと憩う彼の眼差しを、憧憬の表明と眺めていた暑い季節。

似ても似つかぬ存在の二人。

ただ同じ場所に活けられただけ。

やがて花瓶の水も吸い尽くし、二人に待つのは緩やかな枯死。

その花瓶さえ打ち砕かれ、二人は荒野にうち捨てられる。

相容れぬ花同志、それでも絡みあい、拒絶しあう。

決して同じ種ではない。元は別々の土地に咲いた物。

されど二人は根を張った。

ゆっくりと首が持ち上がる。

少しずつ強く逞しく。

二人は知った。

二人の生まれは違えども。

同じような土壌で育ぐまれたではないか。

ならば再び根を張れぬ訳がない。

理解しえぬ訳がない。

ならば生きよう。この地で生きよう。

今度は一緒だ、一人きりじゃない…。

































〜家族の肖像〜























娘の声に、アスカはうたた寝から目を覚ました。

言葉にならぬ、悲鳴とも懇願ともつかぬ、ただ純粋に求めるだけの泣き声。

あまりに無垢な存在の娘を見下ろすとき、彼女は自分自身に戸惑いを覚えることがある。

出産の痛みなど、三度経験したとはいえ慣れるものではない。

にも関わらず、自分が生み出した命であると時折理解しえなくなるのだ。

無防備にベビーベッドの上で泣きじゃくる小さなその姿。



子供は嫌いよ―――。そう公言して憚らなかった少女時代。

早熟だと自認していようがいまいが、子供であったことに変わりはない。

年齢以上の知識を蓄え、世界を理解した気になっていた。

でも、そんな自分をちっぽけな存在にしてしまうほど、世の中は広くて、社会は理不尽で。

結局子供と大人の隔たりは、年齢が目安になる程度のものでしかないと気づく。

ならば、子供を産んだことによって、あたしは大人になったんだろうか?



思考を進めながらも、アスカの繊手は手早く娘のおしめを確認している。

汚れていない、とすると。

娘を抱きかかえ、直接絨毯に座り込む。

上着をまくり上げ、右の乳房を剥き出しにし、小さな、驚くほど小さな娘の口にその先端を含ませた。

間髪おかず体内のものが勢いよく吸われていく感触に、無情の喜びと安心感を覚える。

ああ、この子とあたしは繋がっている。

短い柔毛を撫でながら、彼女の表情はとろけそうなほど柔らかになる。

この柔弱な存在を全力で守らなければ、と決意を新たにする。

子供が生まれるたびそう決意した。

新たな出産のたび変わらず決意出来る自分が誇らしい。

娘を抱える傍らに、そろそろと寄ってくる影がある。

妹が食欲を満たしてる様を不思議そうに覗き込む兄の姿。

同時にそれはアスカにとっての三歳になる息子に他ならない。

目と目が合う。微笑むと、無邪気な笑みが帰ってきた。

反対隣にも人の影。

もっとも愛すべき夫。

口に出さず名前を呼ぶ。

シンジ。

ごく自然にうなずき、夫も隣に腰を降ろした。

そんな彼の頭の上には次男坊。

ベビー服も似合うといえば親の贔屓目になるだろうけど、一歳を過ぎた息子はきょとんとした顔付きで父親の頭の上に乗っている。

娘を囲んで家族がそろう。

なんて素晴らしい。

手元の小さな命に視線を戻す。

正直、女の子が欲しかった。

長男、次男が産まれたときももちろん嬉しかったし、三人目に産まれた娘と全く差別する気はない。

だけれど、娘は特別だった。

自分も女の子であるからには、同性の楽しみを共有できる娘を望むのは、ある意味当然といえる。

ただ彼女の場合、娘の出産は、同時に自身の過去へのアンチテーゼの提示だった。

この娘を育んでいくことにより、あの忌まわしい過去と向かい合える。戦える。

実のところ、出産をしてまもなくその戦いはコールドゲームの様相すら呈しているのだけれど。

もちろん結果は完全勝利だ。

今は、謎のままに、娘の心に傷を残したままに命を絶った母に、憐憫の情すら覚える。

あなたは、こんなに成長した娘も、可愛らしい孫たちも見ることなく逝ってしまったのよ?

それは果たして母にとっての罰になるのだろうか。

否。

出来れば、この場に一緒にいて欲しかった。

一緒に家族の輪に加わって欲しかった。

だから、ママ。

空の彼方からでも、どうか眺めていてください。

ほろりと。

ほろりと涙が頬を流れる。


「…どうしたの、アスカ?」

たちまち見咎めた夫が声をかけてくる。

「おかーさん、泣いてるの…?」

こちらのやや舌っ足らずなのは息子の声。



「ううん、なんでもないわよ。ただ目にゴミが入っちゃっただけ」

優しく首を振って見せる。先ほどの回想は、自分の胸に秘めておけば良い。

もし、将来、娘が自分の意思で祖母のことを聞いてきたら、話してやろう。

できればそのうち、ドイツにあるママのお墓に報告しに行かなきゃ。

胸中の思いにかかわらず、優しく問うたのは別の言葉。

「アンタたち、今まで何してたの?」


長男坊と夫は視線を交わし合って笑う。

「おかーさんがねちゃっているのジャマしちゃいけない、って…」

息子の言葉を夫が引き継いだ。

「三人で隣で静かに遊んでいたよ」



「へー、静かにね…」

アスカの目つきが、心なしか鋭くなる。

とたんに落ち着かなくなる息子と夫。

「口の端に、チョコアイスバー食べた後がついてるわよ!!

 もう、シンジったら! アイスあげるのは一日一本って決めたでしょ!?」

最初の台詞は息子に向けたものであり、幼い息子は慌てて袖で口元を拭い始めた。

次の台詞は夫に向けたものであったが、

「ち、ちがうよ! 今日あげたのはチョコじゃなくてバニラ…」

と墓穴を掘ってしまい、慌てて口を押えるがもう遅い。やがて諦めたように釈明してくる。

「ごめん…。あんまり大人しくしててお利口さんだと思ったから…」

アスカはため息をつく。

まったくシンジはとことん子供に甘い。…まあ、それがいいところでもあるんだけどね。

「…あたしもアイス食べたいな〜」

怒るかわりに呟く。

「あ、じゃあ、持ってくるよ…」

急いで立ち上がろうとした父親の何が気にくわなかったのか、今度は次男坊がグズリ始めた。

「ああっ…泣かないで…」

頭の上から降ろした弟を宥め始めた父親を見て、長男坊が駆け出す。

「じゃあ、ぼくがもってくるよ!」

幼い姿が勇ましくかけ始めたのを微笑ましく眺め、その影が右手に剥き出しのアイスバーを持って戻ってくるのに破顔する。

夫婦して視線を交わしあい互いに満足そうな笑みを浮かべた目前で、息子は派手に転倒した。

生来の運動神経の賜物か、無事にでんぐり返り照れ隠しの笑みを浮かべるその姿に、胸を撫で下ろす。

そして、一瞬皆が忘れていたアイスバーが、かなり極端な放物線を描き、まだおっぱいをやっていたアスカの剥き出しのお腹あたりを直撃した。

たちまち上がる悲鳴と泣き声の四重奏も、また楽しきかな。













































愛すべき人の為に、未だ可憐な華でありたいと想う。

いつまでも隣で微笑んでいたいと想う。

あなたがいたから私は幸せでした。互いがどちらかに告げるその日まで。

だけどそれはずっと先のこと。
















そして今は。

何より今は。






自らより産まれ落ちた種子が咲き乱れるのを心より祈る。


その行く末を望みたいと今日を生きる―――。



















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