HOUSE2:もじゃもじゃ
































「じゃあ、今日は僕が子供たちを寝かせるよ」

というお風呂上がりの夫の台詞を背に、アスカはいそいそと浴室へと向かった。

たっぷりのお湯を使って髪を洗い、入念に身体も磨く。

自分でも惚れ惚れするような珠の肌に磨きをかけながら、アスカの口元は期待に綻ぶ。

子供がいても、夫婦には夜のコミュニケーションは必須よねー♪

彼女が喜ぶのも無理はない。

歳の離れていない子供を立て続けに三人も産んだため、育児に追われ夫婦二人きりの時間が取りづらかったのだ。

まだ小さいながらも、子供たちだけでも寝かせておけるようになったのは、ごく最近の事である。

となれば、夜の夫婦生活への欲求が再燃するのは自然な流れといえよう。

シャワーを浴び、出産経験があるとはとても思えないプロポーションから、泡を流し落とす。

ついで浴室の鏡の前で、胸を抱えてポーズを決めてみたり。

明日は日曜日だし、時間はたっぷりあるわね、ふふふふ…。

胸から下にタオルを巻き、脱衣所で髪を乾かしながらも、アスカの口元は弛みっぱなしである。

ちょっと透けそうなくらいの薄手のパジャマを着て、久々のそれに対する期待を高める。

髪はまだ少し湿り気があるけど、まあ、いいか。どうせ、またあとからシャワーを浴びることになるだろうし…。

湯上がりの頬を紅潮させ、脱衣所を出るアスカ。

そのまま抜き足差し足で廊下を進み、そーっと子供たちが寝ているはずの和室の中を覗いた。

すでに電気が落とされた広い和室の真ん中あたりに、布団が盛り上がっている。

どうやら子供たちは既に熟睡の様子。

細心の注意を払いながら襖を閉め、アスカは音を立てないようスキップしながら家の最深奥へと向かう。

そこは夫婦二人の寝室で、ここも電気は既に落とされていた。

和室より更に二回りは広い洋室の中心には、キングスサイズのベッドが鎮座していた。

ふかふかの布団が大きく盛り上がっているところを見ると、すでにシンジが潜り込んでいるらしい。

期待にはやる胸を押さえながら、アスカはベッドに近づく。

…ちょっと腹立たしいことに、シンジは眠っていた。待ちくたびれてしまったのだろうか?

そりゃあ確かにお風呂が長かったかも知れないけどさ。起きて待っていてくれてもいいじゃない…。

ベッドの上に上半身だけをのせた格好で、アスカは愚痴る。

もっとも彼女の不機嫌も、そう長くは続かなかった。

夫の寝顔を眺め、なにげなく前髪を梳いてやる表情など、幸福そのものだ。

まったく、シンジのヤツも全然お父さんには見えないのよね。相変わらず線が細いっていうか…。

無邪気な寝顔に、子供たちのそれを重ねてしまう。いや、その逆か。

しばらくそうやって頬などを軽く撫でていたけれど、ちっともシンジが目を覚まさないので、アスカは直裁的な行動に出た。

下半身もベッドに乗り上げ、布団を軽く上げて中に細身の身体を滑り込ませる。

さあて、目を覚ましてもらうわよ…?

ドキドキしながらアスカは眠るシンジの腰あたりに手を伸ばした。

直後、手が違和感を訴えてくる。

…? シンジって、こんなに毛深いっけ?

更にアスカは手をかき回すように動かす。

揉む。

撫でる。

モシャモシャとした手触りが伝わってくる。

???

掴む。

大きい。

丸い?

なにこれ?

片手に余るそれを、掴んだままぐいっと引っ張ってみた。

肌触りのいいツルツルのシーツの上を滑ってアスカの目前に現れたそれは、なんと彼女の一番目の息子だった。

どうにか悲鳴を飲み込む母親の目の前で、長男は何事かとばかりに眠そうに目をこすっている。

手触りの正体は、この子の毛髪らしい。

「あ、おかーさん、おはよう…」

なんとも大物ぶりを窺わせるような場違いの台詞を口にする息子を抱え、アスカは静かに寝室を出た。

そのまま和室まで運搬してやる。

そして、和室の入り口で息子を下ろしてにこやかにいった。

「…おとーさんとおかーさんは、今からとーっても大切なことをするの。

どれくらい大切かっていうと、それをしなきゃアンタたちが生まれてこなかったくらい。

だから、邪魔しないで大人しく眠ること。いい、わかった?」

口調と裏腹に、目が全く笑っていないことを息子は気づいたかどうか。

未だ寝ぼけ眼で、それでもはっきりとうなずいた長男に、アスカはうなずき返して襖を閉じた。

軽くため息を吐き、それでも気持ちを奮いたたせ、再度寝室へと向かう。

大丈夫、夜はまだまだ長い。

そう自分に言い聞かせ、果敢にも布団に潜り込んだ彼女の手は、本日二度目の違和感を伝えてきた。

むんずと掴み、引っ張り上げて見る。

…今度出てきたのは、彼女の二番目の息子だった。

頭を無造作に掴まれているのにも関わらず爆睡中の次男坊を抱え、アスカは足音を立てない全力疾走という離れ業で寝室を飛び出す。

3秒フラットで和室へ運搬、盛り上がった形のままの布団を跳ね上げ寝かせてやった。

隣の布団に横になった長男が驚いたような目で見上げてきたが、一睨みするとたちまちぐーぐーと鼾をかきはじめた。

寝たふりだろうがなんだろうか、かまうものか。ついで、自分が長男にどう見られたかも知ったこっちゃない。

ドスドスと足音を立てたいのをこらえ、アスカは寝室へと舞い戻る。

それでも呼吸を落ち着け、ゆっくりと布団へ潜り込んだ。

今度は、両手ともさすがに違和感を伝えてこなかった。

細身だけど、結構引き締まっている夫の身体を抱きしめる。

「…う…ん。…アスカ…?」

ようやく起きてくれたらしい。

うっすら目を開けこちらを見てくるシンジにアスカは微笑み、身体に回した腕に力を込めた。

そしてもっと身体を密着させ、足をからめようとしたとき。

本日三度目の違和感が彼女を襲う。

…シンジの足って、こんなに毛深いっけ?

いや、むしろ滑らかなこの感触は…。

足を伝わってくる感触の正体を確かめるべく、アスカは布団をはぎ取った。

予想どおりというべきかなんというべきか、父親の足にしがみつくようにして末娘が眠っていた。

子供が三人いるんだからこうなることは予想するべきだった…とアスカは頭を抱える暇もなかった。

長男次男と違い、足で頭をつつかれまくった末娘は目を覚まし、あまつさえ機嫌まで損ねてしまったらしい。

むくりと起きあがりグズグズしたと思ったとたん、まもなく盛大に泣き始めた。

「ああ、泣かないでよ、もう…!!」

泣きたいのはこっちだ、と思いながらも、抱き上げ一生懸命宥めようとするアスカ。

そんな彼女は、目をシパシパさせ茫然と見守ってくるシンジの態度が気にくわない。

「なによ、アンタは! 子供たちを寝かせるにしても、こっちで一緒に寝ていることはないでしょ!?」

思わず当たり散らしてしまう。

「いや、違うって。ちゃんとあっちの和室にみんな寝かせたんだよ? だからその後…」

子供たちが勝手にベッドに潜り込んできたんだよ、と続けようとしてシンジは口ごもる。

全部子供たちのせいにするというのも、いささか情けない気がしたからだ。

そんな事情を察しているくせに、アスカの舌も止まらない。

「まったく、ぼけぼけっとしてんじゃないわよ!! せっかくの夫婦水入らずだと思ってたのに…!!」

娘は泣きやまず、険悪な雰囲気は強まるばかり。

さすがに頭にきてシンジも言い返そうと口を開きかけたとき、寝室を二つの真っ白い影がよぎった。

「!?」

発展しかけた舌戦を止め、思わず硬直する二人の目前を、白い小さな影は、ちょこちょこと行き来する。

「…ちょっとミコトのこと預かってて?」

末娘をシンジに預け、ベッドを降り立ったアスカは、ツカツカと白い影に近づいた。

逃げ惑うそれをむんずと捕まえてみれば、白い影はなんとパンツ一丁の長男坊と次男坊。

真っ白に見えたのは全身に何か白い粉を塗りつけているからであって……あれ、この匂い…?

アスカは、怯えたように見てくる長男次男の顔をまっすぐのぞき込み、真っ白く塗り込められた粉の匂いを嗅ぐ。

柑橘系の香りに、グリーンティーの香りもする。これは…。

「これって、あたしのブルガリのボディパウダーじゃないの!! アンタたち、いったいなにやってのよ!?」

悲鳴と怒声のミックスに、長男坊がガクガク震えながら答える。

「えーと、としおくんごっこ…?」

「なによ、それは!? わけわかんない遊びばっかり覚えてきて!!」

母親の剣幕に驚いた次男坊のほうは、後ろ手に持っていたものを落とす。

高級パウダーの入れ物が床に転がり、中身はこぼれない。既に空になっていたから。

「…あ・ん・た・た・ちぃ〜!!」

文字通り、アスカの怒髪が天をつく。

往年の彼女もかくやという勢いで、苛烈きわまりないお仕置きが発動された。

逃げ出す隙も与えず長男次男をまとめて抱え込み、お尻は剥きだしにされる。

パンツ一丁なもんだから楽といえば楽だ。

そしてさすがにそこまで白くは塗られていないお尻に、強烈な平手打ちがお見舞いされる。

ごめんなさい、おかーさん、もうしませんー!!

息子たちの悲鳴が響き渡る中、妻の剣幕に、さすがのシンジも見守るしかできない。

その光景を眺めなぜか機嫌を戻す長女は、ある意味末恐ろしいというかなんというか。

それでもどうにかシンジの仲裁も入り、夜中のお仕置きタイムは終了する。

さあ、これでわかったでしょ? 大人しくおやすみなさい、とすんなりいかないのが辛いところ。

人体に害はないんだろうけど、大量にまぶされたパウダーをそのままにしてはおけないからだ。

このパウダー高かったのに…などとぶつぶついいながらも、一転優しく風呂場で子供たちを洗ってやるアスカである。

その間、シンジは寝室の床に散らばった粉を掃除、末娘を寝かせつけている。

再度お風呂から上げた息子たちも寝かせつけ、夫婦がようやく寝室で顔を合わせたのは、深夜も大きくまわり明け方近く。

どうしよう、もう眠ろうか? という視線を向けてくる夫を、アスカは無理矢理押し倒していた。












…短いけど充実した時間を終えた二人は、ベッドで並んで天井を見上げていた。

「ねえ、シンジ…?」

甘ったるい妻の声に、なお余韻に浸りながら、シンジは正面を向いたまま返事をする。

「うん…?」

「ふと思ったんだけどさ、あの子たち、何で寝室まで来たのかしら?」

「それは…」

不思議だ。まさか、夫婦の秘め事に聞き耳を立てにきたわけでも無いだろうし…。

「たぶん、和室にミコトの姿がないから、探しにきたんだと思うのよね」

「ああ、なるほど…」

「でもね、そうだとしても、あんな真っ白い姿で入ってくる必要、ないんじゃない?」

ごろんと、隣で寝返りを打つ気配。

「それは…つまりはどういうこと? …ごめん、頭がうまく回らなくて…」

呆れたようなため息の後、ほっぺたをつつかれた。

「まったく、察し悪いわねぇ、アンタは。

つまり、あの子たちは、あたしたちが険悪な雰囲気になったのを感じて、あんなイタズラしたんじゃないかってコト」

その答えは完全にシンジの意表をつくものだった。

まさか、わざと憎まれ役を買って出たとでもいうのだろうか?

でも、まだ6歳と4歳にもならない子たちだぞ…?

「そんな、まさか…」

「まっ、あくまで予想だけどね。さすがに買いかぶり過ぎって気もするし…」

くすくす笑いながら、アスカは再度寝返りを打つ。

「とにかく、あの子たちはお父さんの事が大好きなのは確かね。まさか三人ともベッドまで追いかけてくるなんてね〜」

「…そうかな?」

「その点、あたしは嫌われ役だもの。もっぱらお仕置きしてるのもあたしだし」

「大丈夫だよ。厳しくしても、朝になればケロッとしてるんだから、あの二人は…」

事実、子供たちはみんな打たれ強い。

これは、僕に似ても似つかないところだ。

そう考えつつ、シンジはアスカが理由もなく子供を叱りつけてはいないことも理解している。

ちゃんと悪いことは悪い、良くないことは良くないと、率直に判断、指導できる彼女を羨ましくさえ思ってるのに。

「シンジがアメで、あたしがムチ。理想的な躾分担ではあるわねえ」

珍しいアスカの自虐的な声の響きに、シンジはそちらを向き直る。

「…もしかして、アスカ、拗ねてる?」

「拗ねてないもーん」

ぷいっとそっぽを向くアスカを、背中からシンジは抱きしめた。

「心配しないで。子供たちはきみのことも大好きだよ」

腕の中で、滑らかな肢体が反転する。

「わかってるわよ、そんなこと」

にっこり笑う妻の唇に、シンジは自分のそれを重ねた。

アスカは逆らわなかった。

 











いみじくも、シンジの予想は実証された。

朝になり、お腹を空かせた子供たちは元気よく両親の寝室へと押しかけてきた。

昨晩のお仕置きも感じさせない屈託のない笑顔は、両親への信頼と愛情の証しだろう。

ところが両親の方は、布団から出るに出られずたいそう難儀したそうな。

なにしろ、二人とも布団の下は素っ裸だったので。




























2004/11/27






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