HOUSE3:ぐるぐる





























「ねえ、おとーさん。ぼくたちのすんでいる星が「ちきう」っていうんだよね?

じゃあ、お日様とかお月様とかお星さまって、「ちきう」のまわりをぐるぐるまわっているの?」

との息子の質問に、シンジは文字通り目を白黒させた。

まだ小学生にもあがっていない長男の質問である。

最近の幼稚園は、そんなことまで教えているのだろうか?

いやいや、自分で考えてそう思いついたとしたら、この子、やっぱり相当頭がいいぞ。やっぱりアスカの血を引いたのかな?

親バカなことを考えたのも束の間、シンジは更に困惑するはめに陥った。

どちらにしろ、一体どのような説明をしたらいいのだろう?

天動説ではなく地動説であることを説明してやったほうがいいのだろうか。

いや、それでは難解すぎるし。

むしろ、天動説であることはひとまず肯定しておいて、太陽と月の関係の説明を明確にして。

いやいや、それでもいきなり間違ったこと教えるのもどうかと思う…。

生来の優柔不断さを存分に発揮しシンジが逡巡していると、その妻であるところのアスカにぐいと押しのけられた。

「いい? 地球の周りをお日様とかお月様が廻っているわけじゃないの。お日様の周りを地球とかお月様が廻っているのよ?」

夫の懊悩を粉砕するかのようなストレートな一撃。

目を丸くする息子に、更にアスカは言い募る。

「そして、地球はただグルグルお日様の周りを廻ってるわけじゃない。近づいたり、離れたりしながら、ゆっくり廻ってるのよ」

わかる? とばかりに小首を傾げる母親に、その息子も同方向に首を傾けている。

「でね、お日様はとーっても熱いのよ。夕方になると、真っ赤になって燃えてるのがわかるでしょ?」

アスカの諭す声も表情も、どちらもとても優しい。

しばらくそうやって首を傾けていた長男坊の表情が、やおら興奮したように赤らんだ。

ついで、目をキラキラさせながら言う。

「そうか! だから、暑くなったり寒くなったりするんだね!!」

元気いっぱいの返事に、今度はアスカが破顔する番だった。

「そう。夏に暑くなるのは、地球とお日様の仲がとっても良くなるから。

それでも秋になるとちょっと仲が悪くなるのよね。少し離れちゃうの。だから涼しくなるわけ。

そして冬になるとうん仲が悪くなってお互いにそっぽを向いて離れちゃうんだけど、やっぱりさびしくて地球はぶるぶる震えちゃう。

でも、春になれば近づけるからウキウキしてきて、少しづつぽかぽかしてくる…」

コクコクとしきりにうなずく息子と妻を見比べ、シンジは唖然としてしまう。

そんな夫の視線に、アスカは照れたように小声で説明した。

「…いきなり正確なことを教えるよりも、子供にはある程度分かり易いほうがいいの。多少間違っていたとしてもね。

それともなに? あたしがフーコーの振り子の原理でも説明すると思った?」

それに対するシンジの返答はこう。

「いやあ、アスカがそんなファンタジーじみた発想できるなんて、思わなかったなあ…」

果たして、金髪碧眼の妻は、猫科の獣のように目を細めた。

「…アンタ、結婚しておいて今更だけど、いい度胸してるわね…!?」

母親が父親をコブラツイストで締め上げるその傍らで、長男坊は熱心に弟妹たちに説明を始める。



「雨はね、ちきうの涙なんだよ。

そして夏になるとお日様と一緒でごきげんでニコニコするから、雨が降らなくなるんだぞー」



「おにいちゃん、じゃあ、雪はなに?」



「冬になると寂しくて、涙がポロポロになるんだよ。それが雪さ」



「じゃあ、雲は?」



「ちきうのおならのケムリ…かも」



そこで幼い三人の兄妹はきゃっきゃっと笑う。

最後に、末娘が質問した。



「カミナリは、なに〜?」



そこで三人はちょっと顔を見合わせる。

そして振り返り、幼い三対の視線は、自らの母親の姿を見た。

「…ちょっと、それはどういう意味なワケ!?」

失神寸前まで締め上げたシンジを放り投げ、アスカは子供たちに詰め寄る。

ようやく解放された旦那の方はというと、腰だけ上げた格好で情けなく床に倒れ伏したまま、ぼんやりと考える。

そういや、この子たちは産まれながらにして四季を知っているけど、僕らは最近まで知らなかったんだよなあ。

サードインパクトがあっても、地軸が戻るのに5年くらいかかったし…。

脳裏には、過去の常夏の情景が浮かび上がる。

同時に、昔の、まだ恋人というような関係すら結べていなかったアスカの姿も。

昔の彼女はそれは我が強かった。

物事の全てを自分を中心に回そうと考えていた。あらゆる物事の中心に自分を据えようとしていた。

そこまでしなければ自身のアイディンティティが保てない、華麗な才能と表裏を成す脆さ。

例え中心にいたとしても、誰も周囲にいなければ悲しいだけなのに。

それは、とても寂しいことなのに。

では、そんなアスカに対して自分はどうかというと、おそらく衛星か名も知れぬ恒星だったように思う。

自分が中心になるのを避け、他人との関わりあいを避け、孤独で良いと思っていた。

誰にも気にされず、虚空に浮かんでいれば幸せだと思っていた。

…本当は、人との関わりを求めていたくせに。人の温もりを欲していたくせに。

中心に挑み、至れなかった彼女。

中心を拒み、それでも関わりを求めていた自分。

結局、どちらも一人きりでは、悲しくつまらないものなのだ。

この相反する類似点が、互いに強く惹かれた一因なのかも知れない…。

次にシンジの脳裏に浮かんだのは、シリアスから一転、コミカルなものだった。

太陽の代わりにアスカを中心に据えた銀河系のイメージ。

先ほどの、ファンタジーなアスカの発言に触発されたのだろうけど、思い浮かべてみると実にピタリとくる。

中央にどんと鎮座ましますのは、14歳のころの彼女の巨大なイメージ像。

周囲の宙域に不敵で鋭い視線を投げかけ、取り巻く惑星をむんずと掴む。

土星は指輪にしてみたり、地球と火星と水星をつなげて首飾りにしてしまったり。

小惑星とかはバリバリと食べてしまいそう。

自身の発想の面白さに頬をゆるめながら、シンジは目前で展開されている子供たちとアスカの喧噪を見る。

…あれ? 今の彼女を中心に据えても、それほど違和感はないような…?

そんな事を考えている父親の目前に、喧噪を脱してやってきたのは次男坊。

「ねえ、おとーさん、ぐるぐるして?」

「…ああ、いいよ」

笑って応えながら、シンジはフローリングの床に仰向けになる。

そうしてから、膝をちょっと曲げ、その両足の裏に次男の小さな身体を乗せた。

膝をピンと伸ばして持ち上げれば、幼い身体は腹這いの水平飛行みたいな格好になる。

高くなった視点と浮遊感に、息子は手を打ち鳴らして喜ぶ。

ぐるぐると言うからには旋回させるわけだが、何も中国雑伎団のように足の先で身体を旋回させるわけではない。

それだと危険なのはもちろん、素人には無理である。

よって回転するのは、下で支える父親のほうだ。ピカピカに磨かれたフローリングはよく滑る。

伸ばした両足を心もち曲げ、落ちてきても大丈夫なように両手も添えて回転開始。

次男坊を数回転させ床に下ろした所に、間髪入れず末娘も駆け寄ってきた。

甘えるように手足をバタつかせる娘もぐるぐるしてやる。

次にやってきたのは長男坊。

正直そろそろしんどくなってきていたが、シンジの教育方針は『全員平等』である。

イヤな顔一つせず、両足を伸ばしてこちらもぐるぐる。

いい加減目も廻ってきたところに、やってきたのは無茶無理ご無体な恋女房のアスカ。

「あたしにもぐるぐるしてよっ!!」

大人げなく子供に対抗意識を燃やしているのがありありとわかる。

「うわっ、ちょ、ちょっとまってよ…!!」

旦那の抗議もなんのその。無理矢理足の裏に飛び乗ってきた。

さすがに目も廻って疲労していたシンジは、支えきれず膝を崩す。

とたんにアスカが降ってきたのは、万有引力の法則というやつである。

「むぎゅ…」

ほとんどフライング・ボディプレスに近い形でつぶされた父親とつぶした母親を見て、子供たちも行動を起こす。

なんと次々と母親の背中に飛び乗ってきた。

「ぐえ。こ、こら、やめなさい!!」

じたばたと自分の身体の上でもがくアスカを抱き留めたままの格好で、シンジは思う。














ぐるぐる廻る。目が廻る。

視界が、世界が廻っている。

僕を中心に廻っている。

でも一人じゃない。

僕の上にアスカも子供たちも載っていて。

一緒にぐるぐる廻っている。

だとしたら、これは幸せなことじゃないのかなあ? 




























2004/11/30



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