HOUSE6:ゆきゆき



































「しんねん、あけましておめでとーございます!」

「おめでとーございます!」

「おめでとーです!」

正座から前転しそうな勢いで畳に頭を下げてくる幼い息子たちを眺め、碇シンジは優しい笑みを浮かべた。

「はい、あけましておめでとう」

自分も正座して向かいあい、シンジは一人一人の頭を撫でる。

本日は元日。時刻は午前9時を廻ったころ。

元気に立ち上がった子供たちは、窓の方まで歩いていき、勢いよくカーテンを引いた。

晴天の空から差し込む光がリビングを縦断し、子供たちは外の光景に感嘆の声を上げる。

「わあ…!!」

広い芝生の庭先は、全て真っ白に塗りつぶされていた。

子供たちの背後からやってきたシンジも、窓を開けながら感嘆を惜しまない。

「そうか、年末からずいぶんと降っていたもんなあ…」

地球の地軸が戻ってからようやく8年あまり。

四季を取り戻した日本では、こと山間部の降雪は非常に多い。

ここ第三新東京市も例外ではないのだ。

「ねえ、おとーさん?」

「ん?」

見上げてくる長男の瞳がキラキラと輝いている。

「ご飯まで、お外で遊んでいい?」

「ああ、構わないよ。でも、しっかりと手袋とズボンに長靴を履くんだよ」

許可するや否や、子供たちは歓声を上げてリビングを飛び出していった。

そして間もなく、防寒装備を身につけ、次々と庭先へと飛び出してくる。

長男から順に、青、黄色、ピンクとカラフルなスノーウェアを着ており、真っ白い雪原で三人が戯れる様は見ているだけで楽しくなる。

不意に、シンジもその光景に混ざりたい衝動に駆られた。

少しだけ考え込み、結局シンジもリビングから飛び出す。

朝食のおせち料理は既に重箱に詰めてある。

お雑煮用の汁も鍋一杯つくってあるから、お餅を焼くときに温めるようにすればそれで十分だ。

つまり、料理は後は出せばいいようなもの。

…アスカが起きてくるまで遊んでいても大丈夫だよね?

アノラックを着込んだ若い父親を、子供たちは大喜びで迎えた。











「う゛〜、頭がイタイ…」

うめき声を上げながら、薄暗い廊下を進む人影がある。

毛布とシーツを背負って引きずり、前で交差した腕の間から好き勝手に跳ね上がった金髪が覗いている。

半分だけ上げられた瞼の奥は充血しており、ほっぺたも腫れぼったい。

完全無欠の寝起きプラスノーメイクなのだが、なおチャーミングな印象さえあるのは、もとが良すぎるからであろう。

「こんな事なら夜更かしするんじゃなかったわ…」

重い頭を左右に振りながら、アスカは廊下をペタペタと歩く。

昨晩は紅白歌合戦を見た後、同日別チャンネルで放送したお笑い番組、格闘技番組の録画をまとめて鑑賞したのだ。

見終えたのは当然明け方近く。薄情なことに、夫は付き合ってくれなかった…。

「ねえ、シンジ〜…」

歩くのも億劫になってきたので、アスカは声を出す。

しかし、返事がない。

いつもなら、例え二階に居ようが駆けつけてくるのに。

「ねえってば〜…」

更にアスカは子供たちの名前も順番に呼ぶが、結果は同様だった。

「…おかしいわねぇ?」

首を捻りつつ、アスカはリビングへと向かう。

広いリビングには人気も火の気もなかった。

寒さに軽く身震いして―――寒いわけだ、リビングの窓が開いていた。

そして窓の外から響いてくる歓声。

ノソノソと窓に近づいたアスカは、雪の白さと太陽の反射にますます目を細める。

ああ、結構雪積もったんだあ…。

ぼーっとしたまま眺めていると、矢継ぎ早に声が飛んできた。

「あ、おかーさん、おはよー!!」

「おはよー!!」

声をする方を向けば、長男と次男が雪玉を投げ合って遊んでいた。その隣あたりでシンジと末娘が雪山をこしらえている。

「あ、アスカ、起きたんだね」

息子たちの声で気づいたらしい。シンジがこちらへとやってくる。

「んー、なにやってんのー…?」

背負いっぱなしの毛布とシーツをますます握りしめながら、アスカはまだ寝ぼけた声を出した。

苦笑を浮かべてシンジは答えてくれた。

「そりゃ、雪で遊んでいるんだよ。僕たちは今カマクラを作っているところ」

「ふーん…」

なんとも鈍い反応のアスカに、シンジはそれでも一応訊ねる。

「どう? アスカも一緒に遊ぶ?」

「んー…」

「それとも、もうご飯にしようか?」

「んー…」

ふわふわといった擬音が似合いそうな妻の表情に、もう一度苦笑を投げかけてからシンジは背を向けた。

こういう場合、完全に目を覚ますまで放っておくが吉だ。

というわけで、シンジは子供たちの遊びの輪に戻る。

一方、窓枠に腰を下ろし、なおぼーっとしていたアスカはというと。

雪の上をわたる清々しい空気が、まず、彼女の濁っていた脳細胞を漂白し始めた。

それに伴い血圧も上がり、思考も一旦リセット。そして再起動。

嗅覚を再接続、正常な活動を開始。同時に30%しか稼働していなかった視覚機能が80%オーバー。

だんだんと視界がクリアになっていく。

聴覚異常なし。他神経、オールグリーン。

五感による現状把握を開始。

寒い。

冷たい空気。

雪の匂い。

子供たちの歓声。

雪で遊んでいる。

楽しそう。

…あたしも混ざる!!

そう決断するや否や、アスカは軒下にあった長靴に足を突っ込み、シーツと毛布を投げ捨て、庭へと飛び出していた。

このローギアからトップへの上がり方は、まったくもって尋常じゃない。

爆走してくるアスカにシンジも気づいたが、声をかけようとした途端、顔面に雪玉を喰らった。

投擲した人物は言うまでもない。

そのまま疾走を続けたアスカは、制作途中のカマクラを踏み台にして跳躍。

綺麗に空中で一回転してから着地し、子供たちから喝采を浴びた。

「さあ、遊ぶわよっ!」

「…アスカ、駄目だよ、そんな寒そうな格好じゃ…」

顔の雪を払いながらシンジは言う。

「だーいじょうぶよ! 運動してりゃ暖かくなるし、後からお風呂入るし」

そう断言するアスカの格好は、下はスパッツに上は白いセーターのみ。
 
「さあ、雪合戦しましょ! チーム対抗ね!」

言うが早いが、次男坊を抱え、アスカは防御壁を作り始めた。

アスカ、ルール知ってるのかなあ? と首を捻りつつ、シンジも長男と末娘と共に防御壁、雪玉を作り始める。

「んじゃあ、始めるわよー!?」

こっちの返事もまたず、雪玉が飛んできた。

防御壁の影で頭を低くしながら、シンジは長男末娘に指示を飛ばす。

「じゃあ、お父さんとミコトが雪玉を作っているから、アスマが攻撃だよ?」

「うん!」

元気よくうなずき、両手いっぱいに雪玉を抱えた長男坊は果敢に攻撃を開始した。

その間も速射砲並のアスカの波状攻撃が続いている。

些細な勝負事でもまったくもって容赦ないのは、彼女らしいというかなんというか。

せっせと雪玉を量産するシンジであるが、まだ三歳の娘の貢献度などないに等しい。

挙げ句、オフェンスの能力差は圧倒的である。

頭を掠める剛球に、シンジは思わず首をすくめた。

別に真剣勝負というわけではないハズなのに、このテンションの高さはなんだろう?

アスカもそれを承知しているだろうに。

首を傾げる父親の目前で、その長男の動きもまた機敏なこと。

華麗とさえいっていい動作で、次々と雪玉をかわしている。

やっぱり、アスカの血の方が濃いんだよなあ、この子は…。

胸中で呟くシンジを後ろに、長男は雪玉を抱えて特攻していた。

身のこなしもさることながら、的確な状況判断力を発揮して、アスカ陣営に深々と食い込んでいく。

もはや呆れて眺める父親の前に、無事帰還を果たした息子は胸を張って戦果を報告した。








長男の特攻にて次男坊が戦意喪失したことにより、アスカは戦略を組み立て直さなければならなかった。

自分で雪玉を量産するのも手だが、それではタイムロスが大きすぎる。

その間にシンジにまで攻めて込まれたら、とても防ぎきれない。

となれば…!!

青い瞳が、なにか逆転策ははないかと周囲を見回す。

…あった。庭木に立てかけてあった、それ。

雪をかぶったそれを引っ張り出し、軽く一転させ雪を払い、アスカは飛翔した。








いきなり防御壁の上に飛び出してきたアスカにシンジ陣営は驚いた。

しかし、戦意喪失をしていないことは、彼女が竹ぼうきを構えていることから明らかだ。

…っと、ちょっとまって、なんで竹ぼうき!?

シンジの驚愕に頓着せず、長男は雪玉による攻撃を開始していた。

「ふっふっふ、甘いわよ!!」

竹ぼうきが大きく旋回し、雪玉を跳ね返す。

弾薬が尽き、茫然と立ちすくむ長男坊を尻目にアスカは更に跳躍した。

ジグザグに飛翔しながらこちらに向かってくる姿は、いわゆる八艘飛びというやつである。

更に、間合いに入ったと判断するや否や、アスカは大上段に竹ぼうきを振りかぶった。

目を血走らせる妻に、シンジ悲鳴にも似た声を上げた。

「ちょっと、アスカまっ…!!」

「どぉおりゃあああああっ!!」

咄嗟に娘を抱えて横っ飛びするシンジ。

振り下ろされた竹ぼうきは、見事防御壁を垂直に一刀両断していた。

なお娘を抱えたまま、シンジは肩で息をする妻に向けて大声で叫ぶ。

「ターイムっ! 駄目だって、違うって、アスカ!!」

「…へ?」

きょとんとした青い瞳が見返してきた。

「なにが違うの? これってナイフアタック有りでしょ?」

「……」

シンジは天を仰ぐ。

「あのね、アスカ。雪合戦だよ? サバイバルゲームと全然違うよ…」

「なんだ、そうなの? つっまんないわねー」

「…当たり前のことだと思うけどなぁ…」






その後、竹ぼうきを放り出したアスカを交えて、一家総出でかまくらを作った。

それほど本格的なものではないので、幼い子供たちがどうにか潜り込める大きさが精々だったけど。

小さなドーム内の空間で嬉しそうに手を打ち鳴らす娘に、両親ともに目を細めたころには、時計は12時近くを指していた。

年賀状を届けに来た郵便局員が微笑みながら挨拶をしてきて、ついでアスカの格好に目を見張っていた。





雑煮のお汁が温まり、室内にも暖房が行き渡った頃、子供たちがバタバタとリビングへと駆け込んでくる。

「こら、しっかり髪を拭きなさい!!」

その背後から、濡れ髪をタオルにくるんだまま追いかけてきたのはアスカだ。

さすがに今はD&Gのジーンズに黒いブルゾンを着込んでいて、寒そうには見えない。

「アスカ、お餅は幾つ? 三つくらい?」

「四つー」

風呂上がりの次男坊の頭をタオルごと抱え込んで拭きながら、アスカはそう返事をした。

そのリクエストを受けて、シンジは網の上に餅を追加する。

いつのまにか長男が側にきていて、焦げ目の付いた餅の表面が割れ、大きく膨らんだ一つを指さす。

「このおもち、ぼくの!!」

「はいはい」

笑いながらシンジはご指名のお餅をお椀に放り込む。

他にも次々と焼き上がったお餅をそれぞれに分配し、熱々の雑煮汁を注いでいく。

仕上げに岩のりとセリを散らして出来上がりだ。

とりあえず雑煮は置いておいて、重箱と小皿を抱えてシンジはお座敷スペースへと運ぶ。

そうしてから、雑煮をお盆にのせてもってきたわけだが…。

「わ〜、美味しそうね〜!」

喜々として重箱を解体しているアスカの姿に、シンジは違和感を覚えた。

どういうわけか、細くて白い指から手の甲あたりまでを頻繁に掻いているのだ。

「どうしたの、アスカ、その手?」

「え?」

指摘され、初めてアスカは気づいたらしい。

まじまじと自分の手を見下ろす。

「あれ? なんか赤くなってる…?」

「もしかして、痒くない?」

「…言われたら、めちゃくちゃ痒くなってきたわ」

と、ぼりぼりと手を掻き始めた妻の手を、慌ててシンジは止める。

「駄目だよ、掻いちゃ!!」

「だって、痒いんだもん!!」

相当痒くなってきたらしい。なお掻きむしろうとする白い指を押さえつけながら、シンジは言う。

「あちゃあ、これしもやけだよ。手袋も着けず雪で遊ぶから…」

「なによ、しもやけって? それより、この痒み、なんとかしてよ!」

半分涙目になりながらアスカ。声もイライラとしたものになっている。

慌てず騒がず、シンジは長男にお願いする。

「あそこの棚の上にある救急箱、取ってきてくれないかな?」

心配そうに母の手をのぞき込んでいた長男坊は、超特急で救急箱を抱えて戻ってきた。

「はい、ありがとう」

受け取ったシンジは、手早く蓋を開け、中からメンソレータム軟膏を取り出す。

独特の刺激臭がする外皮用薬を、真っ白い肌の痛々しい赤い部分へと丹念に塗り込んだ。

患部へとガーゼを載せ、あとは包帯で固定して出来上がり。

「どう?」

「…なんとなく、痒くなくなったような?」

両手を包帯だらけにして、アスカはのたもう。

「また後から替えてあげるからね。…さあ、冷めないうちに食べようか?」

「はーい!」

元気いっぱいに返事をしてくる子供たちの前に、シンジは雑煮の入ったお椀を配る。

「よーく噛んで食べるんだよ? 喉につっかえさせないようにね?」

漆塗りの箸でお餅と取っ組み合いを始めた子供たちを微笑ましく見回すシンジだったが、途中で妻の不機嫌な視線とぶつかった。

「…どうしたの、アスカ?」

「箸が使えないから食べられない」

ぶすっとした表情でアスカはいう。

そんな彼女の手もとを見れば、包帯に包まれた手の上を、漆塗りの箸が滑っていくところ。

「じゃ、じゃあ、割り箸でもとってくるから…」

「食べさせて」

表情はそのまま、アスカは目だけを動かしてくる。

「え、えーと…」

ちょっただけ躊躇い、結局シンジは自分のお椀の中から餅をひとつまみし、アスカへと差し出した。

それにパクついて、たちまちアスカは相好を崩す。

「おーいしい!!」

そんな両親の様子を不思議そうに眺める子供たち。

「おかーさん、一人で食べられないの?」

との長男の問いに、

「そーよ、おかーさん、手に怪我しちゃって食べられないの」

「じゃあ、ぼくたちも食べさせてあげるよ!!」

言うが早いが、長男は箸先に鶏肉とこんにゃくをつまみ、差し出してくる。

少し驚き、それでも嬉しそうにアスカは長男の箸先にパクついた。

「ありがとう、アスマ」

と謝意を表したと思ったら、今度は左隣の次男坊が不器用そうに箸をつきだしている。

こちらのシメジも食べれば、次は末娘が箸に餅の塊を突き刺し、こちらに向けて差し出して来る始末。

順番に食べ笑顔を浮かべて見せれば、また長男が箸をつきだしてきた。

アスカの目が点になる。

「ちょ、ちょっと待ってね、今、食べるから…」

忙しくアスカの口が突き出された箸の先端を行き交う。

末娘の箸から餅がこぼれ落ちそうになっていたので、慌てて一呑みにしたとき。

「うっぷ!? ちょ、シンジ、おつゆちょうだい、おつゆ…!!」

喉につかえさえ、目を白黒させる妻に、あわててシンジはお椀を差し出す。

そしてアスカは、止める間もなくいきなり熱い液体を飲み込んだものだからたまらない。

「ぶはっ!? あつっう! あつつ、あ、おいしっ、でもあつっ、かゆっ、うまっ…!!」

げほげほむせる母親に、なお子供たちは箸を差し出している。

とうとうアスカは涙目で叫んだ。

「アンタたち、嬉しいけど、いい加減にしてよ!!」






















こうして、碇家の新年は明けた。

まあ、毎年こんなもんである。




















2005/1/8




戻る