口にした別れの挨拶は、決して本心なんかじゃない。

「じゃあ、元気でね。さよなら」

そっけなく聞こえるように、さっぱりと聞こえるようにちょっとだけ努力したのは本当。

いじらしいあたしが期待したのは、アイツの懇願。

『そ、そんな! 行かないでよ、アスカ…!!』

そうやってあたしに縋ってくる姿を予想した。

だけど、現実のアイツは、あたしの前で泣きじゃくっていた。

あたしの挨拶を聞いたシンジは、まず困ったような表情を作る。

続いて、その表情のまま、見開いた眼から涙がポロポロと零れ出した。

自分が泣いていることに気づいて唖然としたシンジは、照れたように涙を拭おうとして失敗。

結局顔を伏せ、肩を震わせ始める。

予想してなかったわけではないのに、その反応にあたしはオロオロしてしまう。

周囲の視線も気になって恥ずかしい。

「ほ、ほら、大学生にもなって泣いてんじゃないわよ…!!」

気づけば、なんとか宥めようとしているあたしがいた。

我ながら自分の行動が不可解だ。

以前のあたしだったら、男のくせに情けないヤツ! と怒鳴っていたはずなのに。

今のあたしには、泣きじゃくるシンジが軟弱というより可愛く見えてしようがないのだ。

これって、情が移ったとかいうのかな…?

仕方ないからハンカチを取り出して涙を拭ってやろうとすると、水っぽい台詞が伏せた顔の下から聞こえてきた。

「…ひっく、ぼ、僕のどこが悪かったの…? 直すから、直すからさ…嫌わないでよ、アスカぁ…」

上目遣いの、捨てられた子犬のような哀しそうな瞳。

なんか胸のあたりがキュンと…………っていやいや、だからコレはあたしの考えてた展開じゃないんだってば!

「べ、別にアンタのことを嫌いになったわけじゃないのよ!?」

おまけに、慌てて言い訳してりゃ世話がない。

「じゃあ、どうしてドイツに帰っちゃうのさ…?」

なおグシグシいいながらのシンジの問い掛け。対してぐっと答えに詰まってしまうあたし。

まさか、煮え切らないアンタの態度に業を煮やしたから、なんて言えやしない。

帰国するって告げれば、今の曖昧な状況を改善するため、少しはシンジも真剣に考えてくれると思ったから。

なのにやっぱり煮え切らないまま、あたしの帰国の準備だけは順調に進んでしまった。

気がつけば飛行機のチケットも取れ、シンジだけを見送りに連れて空港に二人きり。

それでも、切り札はまだあたしのコートの内ポケットに眠っていた。

『行かないで』と懇願する(であろう)シンジに対し、あたしは颯爽とポケットから同じ便の航空チケット二枚出して、こういうのだ。

『じゃあ、アンタがついてきなさいよ。ただし、今すぐよ? 
 
 日本にあるものは全部捨てて、なにも持たないで、あたしと一緒に来られる…?』

頭の中で何回も練習した台詞。赤面してしまう台詞。だって、これってさ、ある意味告白じゃないの?

アイツの答えなんか分かり切っているのに、こういうことを計画するあたしもあたしだけどさ。

それだけの覚悟を持って色々準備してたのに、予定通りに進まないことおびただしい。

これじゃあ、肩すかしというかなんというか…。

まだ泣きじゃくるシンジを前に、あたしは途方に暮れてしまう。

もう、どうしたもんだろう、コイツわ。

やっとのことでまるで駄々っ子みたいなシンジをベンチまで誘導する。

肩をぽんぽんと叩いて、頭も撫でて上げながら、あたしは苦し紛れに言う。

「あたしが帰る理由はね、えーと、その……そう! 日本でやるべきことはやり尽くしたからよ!」

本当は全然やり尽くすどころじゃないのに。

「…やるべきことって?」

あたしの渡したハンカチで、ホッペタあたりを拭きながらシンジ。

「そ、そりゃあ使徒戦のゴタゴタとかね。それに、知的好奇心な観点からいえば、日本の文化もだいたい堪能したし…」

言うに事欠いて、チテキコーキシンナカンテンってなんだろね。

なのに、シンジの表情がやおら真剣になる。そしてあたしに向き直って、

「だったら! まだまだアスカは日本文化を堪能してないって! 日本文化はこんなもんじゃないんだからね!?」

って、そこで力説されても困る。

「アスカが知っているのは、極一部分だけだよ! 今の日本には、君の知らない文化が山ほどあるんだから!!」

そんな握り拳振り回さないでってば。

「だから、まだ帰るのは早いよ!!」

…………。

えーと、こんな説得って、アリ?

「…それとも、やっぱり僕のこと、嫌いになったから、帰るの…?」

………あー、コイツ、分かっててこーゆーこと言ってるんじゃないでしょうね?




ぐるりと髪を掻き回し、あたしは渋々決断する。

そう。

元々別に帰らなくてもいいんだから。

「仕方ないわね。帰国は撤回するわ」

途端にぱーっと明るくなるバカの顔。

その顔を見て嬉しくなるあたしはもっとバカ。

それでも、どうにか釘を刺すのは忘れない。

「でも! でもね? 日本の文化とやらに飽きたら、すぐに帰るからね!?」

精一杯強くいったつもりだけど、シンジのヤツにどれだけ届いていたものやら。



こうしてあたしは、出国手続きもろともキャンセル。

託送荷物ひっつかみ、第三新東京市に舞い戻る。

胸のチケットとシンジのパスポートは、結局日の目を見ないまま。

それでも、どういうわけかあたしの足取りは軽かったり。




………あ。

チケット換金するの、忘れた。

























 























あたしが適当にでっち上げた帰国しない条件=日本に飽きないこと。

日本文化に飽きないようにってことは、要はシンジがいろんな所へ連れていってくれるのかな、なんて、これまた苦し紛れでも考えていた。

古い神社とかお寺とかお城のある場所。

そのまま小旅行みたいな感じでアイツと一緒に回れたら―――つまりはプラス思考よプラス思考。

なのにシンジのとった行動は、あたしのささやかな予想を裏切る。

あの日―――あたしが半日足らずで出戻ってミサトから指さして笑われた帰国予定日―――より、食卓に凝った料理が登るようになった。

どれもこれも一風変わった日本料理ばかり。

ミサトばっか「美味よ珍味よ!」と騒いで、あたしがイマイチそうな顔をしていたからだろう。

エプロン姿のシンジが困ったような顔をしている。

「もしかして、赤味噌はアスカの口に合わなかった? ごめん、今度は西京味噌にしてみるから…」

「ううん、そんなことないわよ?」

慌てて首を振ってみせた。実際けっこう美味しかったし。

また、外出して帰ってくると、テーブルの上に色々なものが放置されていた。

なんか色の着いたガラス玉が数個。平べったいタイプのもある。

他に、だるまっていうんだっけ? それがバームクーヘンみたいな形の小さな木の塊を積み重ねた上に乗せられていて。

そんで、近くにあるのは………小さなハンマー??

「これって、何?」

よく分からないので素直に訊ねて見れば、

「あ、それはビー玉にだるま落としっていって、日本伝統のオモチャなんだ」

とのシンジの答え。

なにそのニコニコ顔? まさか、このデジタルの時代、これであたしに遊べと?

……ええ、結局遊んだわよ。

指先でビー玉を転がして、だるま落としで連続三段落としとかして。

断ると、滅茶苦茶悲しそうな顔されるし。

ああ、もうダメだ。なんでこんなに弱くなったのかなー、あたしは。

そもそもコイツはあたしの不機嫌の理由を誤解していると思う。

そりゃあ日本文化を知りたいみたいなことを言ったことにはなるけど。

アウトドアな対応を期待するあたしに対し、シンジの場合は自分で作った、もしくは見つけてきたものを差し出してくる。

つまりはインドア。内に内にと籠もってくる感じなのは、嫌じゃないけど不本意だ。

なぜなら、家にいれば当然ミサトもいるわけで。

今さらな感じが強いけど、酒のツマミ代わりにからかわれるのは不本意だ。

それもまあ、仕方ないか。

だって、結局日本であたしの戻ってくる場所はここにしかなかったんだからさ。

そして連鎖的に思い出す。あれはまだ、あたしの右腕の傷も癒えてない頃の話―――。





ベッドの上で不自由な生活を送るあたしを、毎日お見舞いにくるシンジ。

ああうざったいわよ来るんじゃないわよ。

邪険に扱い、時には無視して、それでも縋ってくるシンジに要求したのは『あたしに絶対服従』。

耐えられるわけはないと高を括り、「何があっても絶対笑ってなさいよ?」と鼻と口をつまむ。

窒息寸前で顔を真っ赤にしてもなお笑顔を浮かべるバカ。

指のささくれを逆に剥いてやっても、笑っている大バカ。

ふん、上等じゃない。

明けて翌日から好き放題ワガママし放題の日々。

シンジにあれこれ調達してくるよう要求するのは序の口で、病院食が不味いからって毎日お弁当差し入れさせる。

消灯時間を過ぎてからこっそり車椅子を押させて病院を抜け出し、コンビニまでキャノンボールしたり。

屋上から一人バンジーとかもさせてみたっけ。

これらが発覚して怒られるのも勿論シンジだ。

結果ボロボロになって、それでも付きまとってくるアイツが、どういうわけか不憫に思えた。

そんなアイツに、あたしはうっかり「優しく」してしまった。

その時の心理状態は、我ながら不可解だし良く覚えていない。

ただ、確かに分かったことが一つだけ。

僕に優しくしてよ! と懇願していたシンジ。

みんな優しくしているわよ、とあたしが言っても、耳を塞いで首を振るアイツの姿はいつの記憶か判然とはしないけど。

別にシンジは優しさが欲しいわけじゃなかった。

ううん、優しさ「だけ」が欲しいわけじゃなかった。

アイツが欲したのは、優しさを与えてくれる相手の揺るぎない信頼。

信じて裏切られることを、見捨てられることを何よりも恐れて怯え暮らしているのがアイツ、碇シンジの正体。

与えておいてなんだけど、あたしの優しさは、アイツが最も欲しかったものと一致していたらしい。

疑心暗鬼で人間嫌いだった子犬が一度心の底から懐いたらどうなるか。

その天然色見本と化したシンジに、あたしはガッチリと首輪を付ける。

傷を癒して退院し、日常を回復。

進学した高校でアイツを引き回す生活は、それは愉快だったわよ。

掃除を押しつけ、代返、購買部への買い出し、そうそう学祭のミスコンまで無理矢理出場させたっけ。

当初は、主人と従僕という関係に疑問を持たなかった。

客観的にもそう見られていると思ったのに。

女生徒の羨ましそうな視線に、ようやく気づく。

男子生徒たちの落胆と呆れた表情に、気づかざるを得ない。

もしかしたら首輪を持たされた挙げ句、グイグイ引っ張られていたのはあたしだったのかも―――なんて考えたのは高校も卒業するころ。

一度気づいてしまえば、もうそれを切り捨てることは出来なかった。

あたしの心のもっとも深い所に、アイツの存在が根を張ってしまっていた。

つまり、あたしは…シンジに。シンジのことを…?

足の多さを指摘された百足は転んで崖から落ちるしかないように、もうどうしようもなくあたしの心はアイツへ向けて墜落した。

転げ落ちる途中で、あたしの心のジェリコの壁に幾つも穴が空いたみたい。

まるでディズニーアニメのチーズみたいな穴ぽこからにじみ出る感情。

穴を塞ぐ術を持たないあたしは、そこから逆に注がれるアイツの優しさに、どんどん弱く、脆くなっていく。

一緒に暮らしているのだから、その浸水スピードは尋常じゃなくて。

すっかり柔らかくなってしまったあたしの心がまだ形を保っていられるうちに。

溶けきらないうちに、アイツに期待していたのに。

なのに、あのバカは。





夕食後。

お風呂に入るとき、脱衣所のアコーディオンカーテンに少し隙間を作り、浴室の扉も少し開けた。

こうやって湯船に浸かっていると、キッチンの会話が細く聞こえる。

後かたづけをしているシンジと未だ保護者を標榜するミサトの声。

『結局のところさ、シンちゃんはアスカのことどう思っているわけ?』

遠慮ない声に、心臓が跳ねる。というか、ミサトのことだから、あたしにも聞こえるように声を高くしているのかも。

『…あ、アスカは…その、僕の一番大事な人ですよ…』

耳を澄ましてどうにか聞き取れるシンジの声。

その台詞に胸をなで下ろし、いい心構えだわ、などと呟いてしまう偽悪的な自分にちょっと嫌気がさす。

『じゃあ、好きなのね?』

明らかにからかいの混じったミサトの声が続いている。

『え、あ、そ、ぼ、僕にはアスカを好きになる資格なんて…。それでもアスカが許してくれるなら…』

思いっきり狼狽したアイツの声が聞こえた後、しばしの沈黙。

裸の胸の上に手を当ててじっと耳を澄ますあたし。

なのに、シンジの次の台詞は、心臓の温度を露骨に下げてくれた。

『…やっぱり、ちょっと違うと思います。僕は、アスカに嫌われたくないんです。そして、アスカが喜んでくれることだけが…』

『………それってさ、シンジくんの罪滅ぼしなわけ? そんなことしなくても、アスカはとっくに許していると思うんだけど?』

変わった空気を察したのだろう。ミサトも口調を変えて、わざと明るく言ったみたい。

シンジの返答はなく、また奇妙な間があった。だけど、シンジがどんな表情をしたのか手に取るように分かる。

きっと曖昧な笑顔を浮かべ、ゆっくりと首を左右に振ったのだろう。

アイツは、まだ足りないと思っているわけ?

許されているとかそういう問題じゃないとでも考えているのかしら。

浴室の隙間を閉め、バスタブに顔半分まで浸かる。

ブクブクと泡を吹きながら、肩がずんと重くなる。

結局は、アイツの自己満足じゃないの。

感情の一方通行。

……じゃあ、やっぱり、あたしが面と向かっていってやらなきゃいけないのかなあ?

あたしは、アンタをもう許している。

そしてあたしは、アンタのことが…。

でも、素直に、ストレートにそんなこというのは、あたしのプライドが許さない。

笑われようが何といわれようが、これだけは譲れない。

アイツをあんな従順にしたのには、あたしに責任があるのかもしれないけれど。

「好き」という台詞は、直接相手からいって貰わなきゃ、嫌だ。

すっかりぬるくなった湯面に、頭まですっぽり潜る。

それが、あたしが帰国を言い出す一ヶ月前の出来事。








計画が目論見通りに行かなかったのは、このお話の冒頭の通り。

やっぱりグダグダな関係のまま、あたしは毎日毎日シンジの作る凝った料理を食べる羽目になったのもその通り。

変わったことといえば、日本に四季が戻ってきた現状がシンジにとって有利であること。おかげで色々な食材が手に入るらしい。

春はタケノコの土佐煮、フキノトウの味噌和え、サワラの西京味噌焼き、各種山菜の天ぷら。

夏になれば手打ち蕎麦に流しソーメン、牡蠣のフライに生牡蠣、バーベキューでサザエの壺焼きに焼きトウモロコシ。

秋になればサンマの塩焼きサンマの刺身、キノコご飯に松茸の網焼き。戻り鰹に銀杏入りの茶碗蒸し。

良くまあ、毎日毎日違う料理を出せるものだ。

みそ汁だって、同じ具材と思ったら微妙に味付けが変えてあるし。

「あ、分かった? 今日のはお味噌汁は一番出汁じゃなくて二番出汁を使ってみたんだ」

…妙にあたしの味覚が鋭くなったのはコイツのせいか。

体重計を一番の強敵に据えあたしは日々を過ごし、日本にきて四年目にして初めての雪を見る。

一方、シンジだって日本文化を料理のみで語る気もないらしい。

寒くなったある日、リビングへ設置されていたコタツ。

これにはさすがのあたしもほとほと参ってしまった。

まさしく日本ならではの伝統家具。

そこで鍋をつつき、TVを見ながら蜜柑を食べるのは本当に堪えられない。

クリスマスに大晦日、他宗教のイベントもちゃんぽんで楽しめるのも日本ならでは。

気が付けば、またもや年を越してしまっていた。

せっかくのお正月ということで、色々と日本文化を実践してみる。








…アスカ、そこ違うよ。

いいから黙ってなさいよ! あたしにまかせておけば大丈夫だって。

って、いきなりそんな大きいのは入らないってば!

うっさいわね、こっちは初めてなんだからさ!

僕だって初めてだよ……て、イタタタタ! こぼれてる、こぼれてる!

根性よ! 根性で飲み干しなさい!

無理! 絶対無理!って ぶうっ!? 熱い! 熱いってば!

ほら、もう一ついくわよ!

げほげほ! だから違うってアスカ! それはお茶じゃなくて納豆だって!








「……アンタたち、何やってんの?」

ミサトの冷ややかな声が振ってきた。

あたしはシンジの肩越しに、大きいサイズのドテラから顔を出して、答える。

「新年二人羽織ごっこ」

「…あ、そ」

グフグフいいながら色々と散乱したテーブルを片づけているシンジを横目に、あたしはミサトに駆け寄る。

手には、半紙とかいう薄い和紙に筆と墨で漢字を書いた物。

書くのは好きな言葉でいいってシンジがいうから、あたしが書いた四文字熟語は『見敵必殺』。

それをヒラヒラさせながら、ミサトに報告。

「ほら、ミサト、見てみて! あたし、今日、姫初めしたんだよ!」

ビールの一口を飲み込もうとしていたミサトは、思いっきりむせてくれた。

慌てて駆けつけてきたシンジも、顔を真っ赤にして叫ぶようにいう。

「あ、あ、アスカぁ! それをいうなら書き初めだって!」

「…あ、書き初めだったわね。でも、姫初めって漢字で書くと、似てない?」

答えながら、あたしは首を捻る。そういえば、姫初めってなんだっけ? 

これも日本文化だったかな。字面からすれば、初めてお姫さまの格好する=晴れ着を着るみたいなもんじゃないの?

それを、何で顔赤くしてるんだろう、コイツは。

「字面は似ているけど、読み方が違うんだってば…」

小声のシンジを眺めるあたしに、ミサトはぼそっという。

「…お風呂入ってくるわ。ビールでびしょびしょになっちゃったから…」

ミサトが浴室に消えた後、シンジはこぼれたビールを拭き、新しい料理を食卓に並べ直している。

美味しそうなおせち料理ばっかりだ。さっきの二人羽織で食べたのともまた違う。

適当につまむとこれが美味しい。

指を舐め舐めシンジに訊いてみる。からかい半分だったのは否定しない。

「しかし、よくアンタレパートリー尽きないわね。それでなくても、飽きない?」

「うん、全然飽きないよ。レパートリーにしたって、同じ料理でも味付け変えれば全然違うし…」

「…じゃあ、いつまで作り続ける気よ?」

そこでシンジは料理皿を置く手を止め、顔を上げた。

そしてなぜか少し口ごもってから、

「アスカが望むだけ。……というか、一生、作っても、いいんだよ…?」

上目遣いで見つめられ、身体中の血が頭に昇る。

こ、これって、もしかして……?

完全な不意打ちだけど、それは長らく望んでいたモノ。

なのに、なによコイツいきなりこんな場所で雰囲気もへったくれもないでしょーが! という照れなのか偽悪なのか判然としない感情が、本心の発露を邪魔してくれる。

結果、あたしの口から飛び出した台詞は、つくづく素直じゃない。

「50点」

目を丸くしたシンジだけど、どもりながら訊いてくる。

「そ、それって…何点満点なの…?」

「……そりゃあ50点っていえば半分だからね、つまりは…」

ところが、あたしが続けようとしたまさにそのタイミングで、ミサトが浴室から出てきてしまう。

「ふー、さっぱりした♪ って、アレ? 二人して何見つめあってるワケ?」

訝しげな視線を受け、あたしとシンジはどちらともなく視線を外してしまう。

「あ、お、お風呂空いたなら、あたしも入ろーっと!」

誤魔化すようにあたしは脱衣所へと駆け込んだ。

頭に昇った血を散らしながら、思う。

何よ、まるでこれじゃ逃げてるみたいじゃない。まあ、お風呂に入りたかったのも事実だけどさ…。

ちょっとだけ考えて、アコーディオンカーテンの隙間を空ける。浴室の扉も少し開けて、静かに浴槽に滑り込む。

シンジとミサトの声が聞こえてくる。

「…で、どうなのシンジくん? アスカとは巧くやったの?」

「う、うまくやったって、なんですかそれ!?」

「うふふ、若いんだから隠さない隠さない♪」

「いや、だから何もしてませんよ!?」

「…にしても、保護者のあたしが一緒に住んでいるのに、つくづくアンタたち、いい度胸よね?」

おや、ミサトの声色が変わっている。

「もしかして、それってわたしに見せつけているわけ? 
 
 ふふふ、そーよ、わたしはどうせ独り身よ、いまだどこに行く宛ても何もないわよ」

「あの…ミサトさん?」

シンジの怯えた声。あらら、変なスイッチが入っちゃったみたい。

「ほら、正直におねーさんに言ってみなさい? 

 ねえ、アスカに色々しちゃったの? チューくらいはしたわよね? まさか告白もしてないってことはないでしょ?」

「う…」

口ごもるシンジ。更にノリノリというかヤケクソのミサト。

「ほらほらほら。怒らないから。でも。でもね!?

 …もしあんなことやこんなことをしている悪い子だとネイガーが来て取って喰われても知らないからねええええ!?」

言葉だけなのに、得体の知れない迫力が伝わってくる。

果たしてシンジは、

「…ぼ、僕は……告白だってまだしてませんよ…」

…………あー、もうコイツは、どうして素直に認めないのよ。

今さらミサトに隠さなくったっていいじゃない!!

脱力して半分お湯に潜るあたし。

あてどなく彷徨う視線の先には、少しだけ空いた浴室のドア。その先の脱衣所のカーテンも少し開いているわけで。

……ふむ。

あたしは浴槽の中で座り直すと、あーあーと喉のチェック。

確か、日本文化では、お風呂に浸かりながら歌を歌うなんてのがあったわよね♪

そういうわけであたしが即興で歌ったのは童謡の替え歌だった。









シンちゃんはね あたしが大好き ほんとだよ〜



だけど根性なしで あたしのこと 半分しか食べられないのぉ〜………












途端に、リビングで盛大な音がした。

どうやらミサトが錯乱している様子。


「やああっぱりアンタたち、めーいっぱい色々してるんじゃないのよぉ!?」

「わああっ、ミサトさん落ち着いてください! って、アスカ!? アスカァー!!?」




今度は浴槽に頭まで潜ってあたしは知らんぷり。

色々と煮え切らないのは相変わらずだけどねー。

アイツのくれた100満点の半分の告白思いだし、お湯の中で首をブルブル。

ま、まだまだこんな生活の内が楽しいのかな…。







 



 









2006/1/19




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