夏も近づく夕餉の時刻。

家主不在の葛城家の食卓に、暗雲が立ちこめていた。

ときおり雷光すら煌めかせる四人がけのテーブルの中心には料理の皿。

そして向かい合うは二人の男女。

女性の方は惣流・アスカ・ラングレー。

日独クォーターである証しの青い瞳は、まるで帯電しているかのように鋭い光を放っている。

対して、男性の方は碇シンジ。

受動的かつ鈍感極まりない普段の表情に反して、今の彼の双眸は緊張に彩られている。

また食卓の上に閃光が走る。

一閃。二閃。

打ち交わした箸を引き、対峙する二人。

強烈な圧力を持って沈黙が渦を巻く。

もし、この部屋に第三者がいたとしたら、間違いなく息苦しさを覚えるだろう。

「…シンジ、あんた、どうして引かないつもり…?」

アスカが視線を逸らさず口を開く。

「もちろん。…だいたいアスカはもう十分食べたろ?」

シンジも視線を逸らさずそう答えた。彼の左手にはご飯茶碗。中にはまだ一口くらいご飯が残っている。

そんな二人の視線が交錯するのは、料理皿の上に残された一匹の海老フライ。

本日、最後のおかずである。

またぞろ二人の箸が宙を舞った。

刺しつ刺されつ、斬り込み斬り返し、交錯して弾き返される。

一瞬の気も抜けないやりとりは、にわかに決着の様相を帯びた。

否、硬直した。

「なかなかやるわね…」

海老フライの頭の部分を箸で掴みながらアスカは賞賛した。

「これだけは譲れないんだよ!!」

こんがり揚がった尻尾をガッチリ押さえ込みながらシンジは応じる。

普段の彼だったら、捉えきれず逃すところだが、今日は気迫が違った。

このおかずだけは死守してみせる。絶対に食べてみせる!

両眼に宿る、普段の彼らしからぬ不屈の炎。

ゆえにアスカも賞賛を惜しまない。

だけど…まだまだ甘いわ!

アスカの空いた左手がとてつもない速度で翻る。

まとめられた人差し指と中指がシンジの右手首を強烈に打ち据えた。

いわゆるしっぺというヤツであるが、シンジは左手に茶碗を持っている故に迎撃が致命的に遅れてしまった。

「痛っ!!」

思わず右手ごと箸を弛めた隙に、海老フライはアスカの口腔内へと消えている。

涙目になり恨めしい視線を送るシンジに対し、金髪の少女は口をモシャモシャさせ至福の表情。

「あー、おいしいぃぃっ!!」

しかも両頬に手をあて、アップの表情まで見せてくれる始末。

「…酷いよ、アスカ」

右手首をさすりながらシンジ。痕が残るギリギリの力加減を見事と評するには悔しすぎる。

「仕方ないでしょ、あたしは育ち盛りなんだから!! ……もぐもぐ、ごくん、ごちそーさま」

ご丁寧に両手を合わせてからリビングへ悠々と引き返していくその後ろ姿を見送って、シンジはため息とともにご飯の最後の一欠片を飲み込んだ。

おかずのない白米の味はひたすら素っ気ない。

それというのもアスカが…!

恨み事を口にしようとするも、本来の彼のキャラではない。

そもそも、僕がおかずを小皿に取り分けておかなかったことが悪いんだよなあ…。

このように内罰的な思考に切り替わる故に、碇シンジである。

今度から、ミサトさんがいないからと言って、面倒くさがらず皿に取り分けるようにしよう。

そう心に固く誓い、自己の立て直しに成功。

気分を切り替えて洗い物を開始した少年の耳に、リビングからとんでもない歌声が響いてきた。

歌い手は同居人の少女なのは勿論だが、歌は懐かしい古典アニメの挿入歌。

しかし、歌詞は大幅にアレンジされたもの。

  




1.ビスケット一枚 あったらあったら シンジにやらずに 独り占め♪
  ちょっぴり悲しく なったらなったら 泣くのはシンジが一人だけ♪
  見知らぬ街で 迷子になって ドキドキするのも シンジだけ♪
  冷たい粉雪 降ったら降ったら 毛布も 独り占め♪

  ふたりで続ける 旅の道は ホラ 何でもあたしが独り占め♪

2.チーズがひときれ あったらあったら シンジにやらずに 独り占め♪
  疲れてさびしく なったらなったら 重荷はシンジが独り占め♪
  何か良いこと 明日は起こる ワクワクするのは あたしだけ♪
  優しい春風 吹いたら吹いたら 希望も 独り占め♪

★ くりかえし
  見知らぬ人に 優しくされて 嬉しい気持ちは あたしだけ
  冷たい北風 吹いたら吹いたら マントも 独り占め♪

  ふたりで続ける 旅の道は ホラ 何でも仲良く 独り占め♪

3.ミルクがひとびん あったらあったら シンジにやらずに 独り占め♪
  ため息つきたく なったらなったら 悩みはシンジが独り占め♪
  たまにはケンカも バッチリやって スッキリするのも あたしだけ♪
  すぐまた仲良く なったらなったら 笑顔も あたしだけ♪






ばっちりフルコーラスで唄いきっておいてから響いてくる高笑い。

洗い物をしていたシンジはやおら手を拭うと、紙片を取り出しマジックペンを滑らす。

『どうかせめて僕に半分くらい分けてください…』

震える筆致に追従するように、彼の両頬には二筋の涙が光っていた…。








そして幾日か過ぎ本日は7月7日。七夕。

あの時の紙片は短冊に形を変え、葛城家のベランダの笹の先端に揺れていた。

「…どういう意味、これ?」

缶ビール片手の保護者が短冊の文面に首を捻る。

一方、それを見つけた被保護者の少女の方は憤慨した。

それこそ烈火の如く怒り、誇張抜きで被保護者の少年を小一時間問いつめた。

アンタ、あたしのことを何だと思っているの、あたしにだって血も涙もあるのよ云々。

それでも最後に、興奮に顔を真っ赤にしたアスカは、正反対に顔を真っ青にした少年へと言った。

「…まあ、あたしに責任がなくもないわ。だから、これからはアンタのお望み通り、正々堂々、全部半分こにしてあげるわよ!!」
















































かくして、碇シンジ少年の受難の日々が始まった。







ネルフ本部。

もはや月一となったシンクロテストは、被験者のチルドレンにしてみれば気楽なものだ。

なにせ、もはや使徒の襲来はないのだから。

だからアスカはテストのたびに気軽に提案してくる。

「じゃあ、今回一番成績悪かったヤツが、アイスクリーム奢りね♪」

「ええ? また?」

「……」

顔をしかめるシンジに対し、綾波レイは無表情。しかし心なしか憤慨してるように見えるのは気のせいだろうか?

無理もない。ここ最近、この蒼い髪の少女が連敗記録の更新中。

実際のところ、アスカとシンジが僅差で勝ったり負けたりを繰り返して、その一段階下が綾波レイといった感じである。

シンジにしてみれば、それが気の毒でしょうがない。

たまににわざと負けようと試みるが、実験管理者のリツコの監視が厳しい。

結果、毎回アスカと本気で競り合うことになる。

そして本日は、どうやらシンジの方がバイオリズムの上昇期にあったらしい。

『あら? 今回はシンジくんがトップね。いい数値よ』

マイク越しのリツコの声。モニターのシンクロ値の高さは、シンジ、アスカ、レイの順番である。

エントリープラグの中で、束の間喜び、すぐにげんなりするシンジがいる。もちろん、シンクロ率に反映されない程度であるが。

ああ、これで家に帰ればまたアスカから八つ当たりされるんだろうなあ…。シンジのクセに生意気! とかいわれて。

いつものパターンを思い浮かべ、憂鬱になるシンジだったが、今日のアスカは違った。

それこそ瞬間的に、とんでもない攻撃パターンを展開してきたのである。まだ実験中にも関わらず。

『なによ! シンジのシンクロ値は半分こにしてあたしが貰うんだからね! だからあたしが総合で一位よ、へっへーんだ!!』

途端に、凄まじい勢いでシンジのシンクロ値が下降していく。

『ちょっと、シンジくんどうしたの!? シンクロ値が下がってるわ!!』

リツコの声に、アスカの声も被さってくる。

『なにやってんの、シンジ!? アンタ、どうしてシンクロ値下げてんのよぉ!!』

果たして、操縦席に突っ伏すシンジである。

LCLに涙を溶かしつつ、顔を伏せたまま思わず声を漏らしてしまう。

『そりゃあなんでも半分こってはいったけど…。 僕のぶんをなんでも半分にしてアスカが持っていっていい、って言ったわけじゃないんだよ…』

『はあ!? どういう意味よ、それ!?』

『いや、だから!! 余ったものがあったら、アスカが独り占めしないで、それを半分こにして僕にくれって意味で…』

『なによ、それ!? やっやこしいわねぇ!! 紛らわしいこといってんじゃないわよ!』

『紛らわしいって…』

そのプロセスでの二人のシンクロ値の変動こそ見物だった。

まるで二匹の大蛇のように激しく波打ったグラフは、結局双方が低空飛行で落ち着く。

「どういうことこれ…?」

実験責任者はモニタールームで呻いた。なおマイク越しに響いてくるチルドレンの声に、こめかみに青筋を浮かべながら。

金髪博士の鋭い視線を受け、黝い髪の監督者兼二人の保護者はニヤニヤしながら応じる。

「さあてねえ♪」

そしてスタッフの一人伊吹マヤが、モニターの一つを指さした。

「レイが…!!」

彼女の指摘した一つのモニターに、室内の全ての視線が集中する。

決して大きくない画面の中で、蒼い髪の少女はVサインをして呟やくように言った。

「……私の勝ち」

確かに、現状では彼女のシンクロ値が一番高かった。



















場所は変わってここは学校。

「ほら、シンジ、お昼にするわよ!!」

「う、うん…」

昼休みのチャイムが鳴った途端、アスカが率先して教室を出ていく。

その後ろに付き従うシンジがいるのもいつもの光景だ。

更に他の級友たち、鈴原トウジ、相田ケンスケ、洞木ヒカリらが苦笑しながらついていくのも、まあいつものことである。

屋上の給水塔のいつもの場所。

そこに陣取って、各々が弁当を開く。

シンジから弁当を受け取ったアスカは、さっそく嬉々としてかぶりつく。

ヒカリと会話を交わしながら、かつ時々シンジたちの話へも茶々を入れるくせに、食べるペースが落ちず、かつ食べ方が汚なく見えないのは、ある意味凄い才能かもしれない。

そんなアスカの箸がピタリと止まった。

自分の手に持った弁当箱と、傍らのシンジとを、蒼い瞳が往来する。

「ん? どうかしたの、アスカ?」

視線に気づいて顔を上げたシンジに、アスカはもの凄く無念そうな表情をしてみせる。

なおハテナマークを浮かべるシンジへ向けて、アスカはさも残念そうに自らのお弁当を差し出して、

「…約束だから、半分あげるわ」

それこそ、血を吐くような台詞だった。

「…え? えー!? アスカ、ちょっとま…!!」

シンジも止める間もあらば、アスカの弁当からおかずが移動された。

唐揚げ、ザーサイサラダ、カニかま入り卵焼き、果てはご飯まで。

「どう、これで、ちょうど半分づつでしょ…?」

半ば涙目の上目使いで見てくる少女に、シンジは狼狽すること仕切りである。

「だからさアスカ、半分分けて欲しいってのは、そういうことじゃなくってね…!!」

「え!? どこが違うのよ!? 何が文句あるってのよ!?」

喧々囂々しはじめた二人を、食べかけの弁当を放り出し、興味津々という体で眺める洞木ヒカリ。

鈴原トウジと相田ケンスケは既に食事を終えており、軽く距離をおいてその喧噪を眺めていた。

往々にして、少し離れて物事を見た方がより理解出来るという現象が生じる。

この状況にもその現象は適用され、トウジとケンスケは以下の冷静な会話を交わした。

「なんや? つまりは惣流とシンジのヤツが、なんでも半分こにする約束したってか?」

「みたいだねー。そんなの最初から、全く同じ大きさで中身も一緒の弁当、二つ用意すりゃいいのに」

「まったくや。つーか、おなごの惣流の方の弁当箱が大きいってのが、普通ありえへん」
















そして学校からの帰り道。

「まったく、アンタの貰うといえば違うというし、あたしの分けてあげようとすればいらないっていうし…。アンタって本当にわがままね」

「……」

隣を歩くアスカからそう決めつけられ、シンジはがっくりと肩を落とす。

…僕って、そんなに難しいお願いをしたのかな?

まだ夕暮れも遠い空を見上げ、シンジは呟く。

本当に七夕の神様がいて願いごとを叶えてくれるなら、アスカにもっと素直な心を与えて貰おう…。

よくよく考えればトンデモないことをサラリと願ったシンジは、素直じゃないアスカに耳を引っ張られ急停止。

これは、彼女が地獄耳でシンジの内心の呟きを聞きとがめたわけでは勿論ない。

「イタタタ…」

耳を引っ張られ視界も90°強制的にズラされたシンジは、どうしてアスカが足を止めたのか気づく。

ちょっとした市民公園の中。

そこで営業しているワンボックスカータイプの屋台。

売っているのはタイ焼きで、香ばしい匂いがすぐそばまで漂ってくる。

「ね、食べて行きましょ?」

質問の形をとっているくせに、実際は返事もまたず強制連行だ。

そしてまたしてもシンジの意見など無視して、元気よく注文している。

「タイ焼き二つ!!」

あいよーと威勢良く返事をした店員は、即座に紙袋に焼きたてのタイ焼きを放り込んでくれる。しかも三つ。

お嬢ちゃんは可愛いからおまけだ! との声に愛想良く返事をして代金を渡したアスカは、シンジの手を引いてブランコへとむかう。

ブランコに腰を降ろしたアスカは、さっそく包みからタイ焼きを取り出し、シンジへと放ってきた。

「ありがと……って、あちちっ!」

熱々のタイ焼きをうけとったシンジだったが、アスカの手がこちらに差し出されたままなのに気づく。

「…どうしたの?」

「代金! お金よ!」

タイ焼きをくわえながら、渋々といった表情で財布を引っ張り出し、シンジは代金を支払った。

まあ、アスカが奢ってくれるわけないもんなあ…。

それでも無邪気にタイ焼きをパクつくアスカを眺める。

ケチかどうかは別にして、金髪碧眼の彼女がタイ焼きを頬張っている姿は、なんとなくギャップがあって微笑ましい。

尻尾の部分のカリカリを囓りながら眺めていると、タイ焼きの最後の一欠片を咀嚼したアスカが睨んできた。

「なに見てるのよ?」

「え? いや別に…」

正直答えたつもりだけど、アスカの剣呑な視線は変わらない。

「分かってるわよ、アンタの考えていることなんか…」

ごそごそと袋から彼女が取り出したのは、おまけのもう一匹のタイ焼きだ。

細い指が、ギリギリとタイ焼きを二つに分断していく。

頭と尾っぽに別れた二つのタイ焼きを持って、アスカは不敵に笑った。

「要は、こういうことでしょ?」

彼女の差し出してきた尻尾の方を見て、シンジは驚いてしまう。

どうやらアスカが今度こそ理解してくれたらしい。半分にして分けるという意味が。

その驚きが表情に出てしまったのは仕方ないにしても、アスカは見事に意味を誤解してくれた。

「なによ、その顔!? これでも不満なわけ!?」

「あ、いや、そういうわけじゃなくてね…」

しどろもどろになるシンジを、むーという感じで睨むアスカの顔に、やおら理解の色が広がった。

「はは〜ん、なるほど。確かに頭と尾っぽじゃ、あんこの量が不公平だもんね」

「う、うん…」

あえて誤解を訂正せず、シンジは穏便に頷くことにする。

果たしてシンジの見守るなか、金髪の少女はタイ焼きの頭の半身からあんこを絞り出し、尻尾の半身へと分けようとして…。

「あ゛」

力加減を間違えたらしく、勢いよく飛び出したあんこは少量に留まらなかった。

しかも受け止め損なったそれはスカートの上を転がってから足下の砂地へと緩やかに着地。

かくして、ほとんど皮だけになったタイ焼き片手にボーゼンとするアスカが出来上がった。

「…買ってきて」

呻くような声が、凍り付いた空気を震わせる。

「…え?」

間抜けにも聞き返してしまうシンジである。

この局地限定の異常事態の中、彼が混乱を来したのも無理なからぬことかも知れない。

「いいからもう一個タイ焼き買ってきてっての!! だから半分こなんて面倒くさいのよ、キーっ!!」

いわゆる逆ギレであるのだが、だからといってシンジに制止できうるハズもない。

出来るのは、そそくさと追加のタイ焼きを買いにいくことくらいである。

「はい、買ってきたよ!」

息をせき切らしながら、新しいタイ焼きを手渡す。

すかさず受け取ったアスカはそれにパクついた。手に持っていた冷えたタイ焼きと引き替えに。

「ったく、最初からもう一個貰うなり買うなりしてればよかったのよ…」

不機嫌そうにパクつくアスカに対し、シンジは所在なさげに佇んでしまう。

「あの…これはどうしたらいいの?」

押しつけられた分断されたタイ焼き。しかも頭の部分は皮だけ。

「アンタが食べなさいよ。これで二匹づつ。丁度半分こでしょ?」

「……。えーと、じゃあ、せめて今アスカが食べているタイ焼きのお金は…」

「んなもん、アンタのお金に決まってるでしょーが!!」

「………こんなの全然半分こでも公平でもないよ…」

「なんかいった!?」

「イイエナンニモ…」












そんでもって、夜の葛城家である。

公平に三切れづつ分けられた豚のショウガ焼きをおかずに夕食は終了。

悠々とリビングへ引き上げていったアスカは、どういうわけか上機嫌。

いや〜、今日は面白かったわ。

床に寝っ転がり声に出さず快哉をあげ、ぐーっと背伸びをする。

彼女がなぜにこのような満足げな笑みを浮かべているのか。

…半分この意味なんか、とうの昔に理解しているのだ。

わざとトボけたフリをして、今日一日シンジをからかって遊び倒したからに他ならない。

本当に、からかい甲斐のあるヤツ。

ぷぷぷぷ、といった含み笑いを漏らしながら上体を持ち上げる。

さて、TVでも見ようかしらんとリモコンを探し始めた蒼い瞳は、テーブルの上のそれを目敏く発見していた。

「ねえ、シンジ。テーブルの上のこれはなにー?」

「えー? ああ、それはミサトさんのお土産だよ」

アスカが発見したのは、籠に入ったフルーツの盛り合わせ。

本日、ミサトが結婚式のお土産に持ち帰ってきたもので、当の本人は泥酔していて既に自室の布団の中。

「じゃあ、頂きます〜♪」

誰の許可もいらないとばかりにアスカは籠盛りのそれのセロファンを開けて、さっそく中身を検分している。

オレンジとバナナは今食べるとして、メロンは当然後回し。冷蔵庫で冷やしてから頂きましょ。

ん? きゃ〜! サクランボもあるじゃないの!!

リビングのテーブルでがさごそやっていると、シンジもやって来て眉をしかめた。

「そんなに散らかして…」

「大丈夫よ。ちゃんとアンタの分もとってあるから。公平にね」

さっそくオレンジを貪りながらそう答えるアスカの傍らに、シンジも腰を降ろす。

卓上に分けられたオレンジ、バナナ、キウイはそれはそれは美味しそうだ。

しかしなによりサクランボは珍しい。

アスカに負けじと口に放り込むシンジの視線は、何気なく籠に注がれた。

そこに、一個だけ取り残されたサクランボを見つけてしまう。

「ねえ、アスカ、一個だけ余ったんだけど…?」

柄の部分をつまんで差し出してくるシンジに、アスカは少し不本意そうに眉を寄せる。

「なによ、きちんと同じ数だけ分けてあげたのに…」

つまりはサクランボは奇数で梱包されたいたわけだ。

「…僕はいいから、アスカが食べなよ」

シンジは譲ることにした。そもそもが珍重品でもあるし、なによりアスカに食べて欲しい。

「そお? ありがと…」

一旦は素直に受け取ったアスカであったが、すぐに首を振る。

「やっぱりだめよ。これもちゃんと半分こしなきゃね」

言いながら、アスカの頬には小悪魔的な笑みが浮かんでいた。

とびっきりの悪戯を思いついたかのような表情の下で、同時に理論武装も完了させていたのに、さすがのシンジも気づくまい。 

…まあ、今日一日、色々楽しませてもらったからね? これは、うん、ご褒美みたいなものよ。

ちょっとだけ躊躇ったのは、きっと乙女心のなせるわざ。それでも結局金髪碧眼の少女は実行に移す。

なんとアスカはその一粒のサクランボを軽く唇にくわえて、シンジの方へ顔を向けたのである。

「ふぁい、ひゃんぶんふぉひまひょ…?(はい、半分こしましょ…?)」

軽く目蓋を閉じて頬を赤らめているという出血大サービスな顔が向けられるのと、シンジが立ち上がるのはほぼ同時だった。

「さすがにそれの半分こは難しいと思うよ? だからナイフでも取ってくるよ」

アスカの勇気ある行動に苦笑で応じておいて、後はすたすたと振り向きもせず行ってしまう。

………。

一人残されたのはサクランボをくわえたままのアスカ。

はっきりって間抜けだ。少なくとも彼女はそう思った。おまけに恥ずかしい。一人だけバカみたいだ。

それになにより…!!

ギリリと奥歯を噛みならし、報復は可及的速やかに実行された。

シンジの背中にドロップキックを放つアスカ。

その勢いたるや使徒をも倒しそうな一撃。

ワケもわからぬまま床に吹っ飛ばされた同居人に向けて、アスカは絶叫する。

「こおぉの鈍感バカタレ根性ナシィィィッッ!!」

「!? !?」

シンジ自身、本気で落ち度が理解出来ていないようなのだから、余計タチが悪い。

「もう金輪際、アンタとは何も半分こなんかしてやんないからっ!!」


















こうして、碇シンジ少年の受難の日々は終わったのである。

























最後に、もっと後年の話を紹介しよう。

二人でいれば幸福は二倍、悲しいことや辛いことは半分になる。

この俗な格言に、碇シンジはこう呟いたと言う。

『そんなの嘘っぱちだよ…。少なくとも、アスカが辛いことや悲しいことを半分こしてくれたことないもの』

そして、旧姓惣流・アスカ・ラングレーはこう返答したと伝えられている。

『悲しみは全部アンタが引き受けてよ。その代わりあたしが四倍幸せになったげるから♪ 通分すれば一緒でしょ?』




























(2005/7/4)




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