月が満ちるように。

ゆっくりと幸せを感じていこう。

月が満ちるように。

ゆっくりと幸せを紡いでいこう。



































〜新しい命へ〜

























シンジに支えられ、アスカは床に腰を降ろす。

柔らかそうな背もたれに高価そうなクッションを敷き詰めたその特等席を利用するのは、彼女にとって三度目になる。

「ふう、食べた食べた。ごちそーさま」

そう満足げに呟き、せり出したお腹を撫でてみせる。

これは、別段彼女が太ったという抽象表現ではない。

事実、アスカのお腹は大きく丸みを帯びて見事に前にせり出している。

妊娠九ヶ月目であった。

「あんなに食べて大丈夫…?」

あくまで気遣わしげな、旦那であるシンジ。

「大丈夫、大丈夫。だいたい、産むのは三人目なのよ? いい加減、あんたも慣れなさいよ!」

優しくしかっていると、キッチンから手を拭きながらミサトもやって来た。

「アンタたち、相変らず初々しくていいわね〜…」

「そお?」

元保護者の言に、アスカは小首を傾げてみせた。そうすると、その表情はとても少女じみて見える。

実際彼女は若い。まだ20歳をいくらか過ぎたばかりで三人もの子持ちになるのだ。

昨今のベビーブームに則しているわけはない。

純然たる愛情の発露の結果であり、そして双方が望んでいるのなら、祝福すべきことであろう。

「すみません、ミサトさん。子供の面倒まで見に来てもらって…」

こちらも童顔な上におどおどした仕草のシンジであるからして、ミサトの感想は更に確信を帯びる。

「構わないわよ。うちの子にも丁度いい遊び相手にもなるしね」

以前より短くカットした髪を振り、ミサトは笑って見せた。

姓も加持に変わった彼女も、一女をもうけていた。

碇家長男も同日に生まれており、もうすぐ三歳になんなんとする二人は、お互いに格好の遊び相手だった。

今もリビングの片隅で、祖父であるゲンドウから送られたオモチャの山と格闘している。

ゆえに、ミサトの世話が期待されているのは、まだ生後一年と三ヶ月ほどの碇家次男坊である。

「ま、ついこの間までおしめ交換とかしてたから…」

とりあえず、もうこれ以上出産する予定のないミサトは苦笑する。

三人目の出産を目前に控え、シンジは常にアスカに気を配っていなければならい。

3歳を過ぎた長男もトイレトレーニングを済ませ自分でトイレに行けるようにはなってはいたけど、それなりに手がかかる。

そしてなにより次男坊がまだまだ手のかかる年頃の真っ最中であった。

離乳食も始めていたし、しつけもしなければならない。

そんな状況下でミサトが日参して面倒を見てくれるのは、確かに喜ばしいことであった。

「アイスクリームが食べたいな…」

「はいはい」

さきほどたらふく食べたにもかかわらずそういってくる妻に、今度は素直に旦那も席を立つ。

「…アスカ、あんた、それで本当に太らないの?」

シンジから次男坊を受け取り、代わりにミサトは呆れた声を出した。

妊婦にもそれなりにダイエットは必要である。

たしかに胎児には栄養が必要だ。が、過剰な摂取分はすべて母体のほうへ廻ってくるはずなのだが…?

しかし、ミサトの見る限り、アスカは丸くなって見えても、太ったようには見えないのだ。

不公平だわ…。

思わずミサトは天を仰ぐ。

アスカの先天的な体質もあるだろうけど、彼女が健康を維持できるのは、旦那であるところのシンジの献身が大半を占めている。

羨ましいを通り越して笑えてくるくらい、妻となった女性にとって最高の環境だ。

それに引き替え、うちの宿六は…!!

「…?」

まったくミサトの心情など察せないアスカは、中空を睨んだままの彼女の手から、次男坊を受け取った。

そのまま抱えるようにして、そっとお腹に触れさせる。

「聞こえる? この中にあなたの妹がいるのよ…?」

きょとんとしていた次男坊は、ジタバタしていた手の動きを止めた。

「まー?」

撫でるように触れてきて、不思議そうに小首を傾げた。

「そう、妹よ、妹」

「いー! いー!」

パチパチと手を打ち鳴らす次男坊の頭を撫でながら、アスカは微笑む。

そろそろ歩き始めさせてもいいんだろうけど、このおっとり屋はまだまだ甘えたいのか、立つのがやっとなのだ。

そこでようやく短くも深刻な回想から立ち返ったミサトが口を挟んできた。

「ちょっと、アスカ! あんた、今度の子供は前もって性別調べないっていってたじゃない!! なのになんで妹だなんてわかるのよ?」

至って穏やかな表情と声でアスカは答える。

「そりゃあ分かるわよ。二人も男の子産んでるし。今回は前と違うから、間違いなく女の子ね」

断言されては、娘を一人しか出産したことがないミサトには反論する術がない。

「…にしても、勿体ないわよね。ここまで男の子のオモチャや服やら揃ってるのに。女の子は別のもの揃えてあげなきゃ……」

どうせ女の子なら女の子で、おヒゲのお祖父ちゃんが嬉々として大量に送りつけてくるんでしょうけど。

などと代わりに口にした言葉に、

「なんなら、ミサトも男の子作ったらいいじゃない。お下がりでよければ、ここのもの何でもあげるからさ」

アスカの悪戯っぽくも優しげな視線に怯んでしまうミサトである。

全く、かなわないなあ。

ミサトは思う。

世間的には早すぎると思われる結婚を決めた二人に対し、自分はまるで何も相談してもらえなかった。

若いからそのうち挫折するでしょ。その時こそフォローしてやらなきゃ。

などと意地悪く考え、あくまで保護者を気取っていた自分が少し恥ずかしい。

結局二人は問題なく子供まで作って、かつ育てているのだから。

そのような意味では、結婚の長さも妻としてのキャリアも引け目を感じてしまうのだ。

あたし以上に二人は夫婦らしい、と。

そこまで考えてしまうと、ミサトはまた回想に飛んでしまう。

二人が14歳の頃。

保護者の権限で半ば無理矢理同居させ、一時仲も良かったのだろうけど、壊滅的に関係を悪化させた二人。

なのにその被保護者たちは、今ここに結婚し幸せな家庭を築いている。

そう考えると嬉しくなる。なんとなく胸の奥が温かくなるのを感じる。

二人を引き合わせた自分に誇らしささえ感じるのだ。

それで、過去の罪が帳消しになるなんて思ってないけれど…。

「ミサトったら、何泣いてるのよ? 気味が悪いわね〜」

遠慮呵責ない声が、ミサトを回想から引き戻す。

「…もう感情失禁するくらいモーロクしたの?」

過去の保護者は無言で服の袖で頬を拭うと、いきなり昔の被保護者の背後に廻って襲いかかった。

「やかましいっ!! 誰がモーロクしたってっ!?」

金髪頭のコメカミに両拳を突きつけ、グリグリする。

「イタイっ、イタイからやめてよ、ミサトぉ!! シンジぃ助けて〜!!」

その悲鳴に、抱えていたアイスクリームを放り出し、旦那も駆けつけてくる。

「止めてくださいよっ、ミサトさん!! アスカは妊娠してるんですから!!」

シンジの哀願も届かない。ミサトの標的はあくまでアスカである。

グリグリのスピードを更に加速させながら、ミサトは吠える。

「あたしはまだまだ乙女よっ!!」

「乙女はそんなことしませんっ!!」

ようやくシンジが羽交い締めにして引きはがしたころ、部屋の隅で遊んでいた子供たちも駆け寄ってくる。

「おかーさん、いじめられた…?」

そう尋ねてくる1番目の息子に、ようやくグリグリ地獄から解放されたアスカは涙目で頷きつつも、唇を笑いの形に歪めた。

何かを企んだ笑いの形に。

「総員戦闘準備!! 」

アスカは叫ぶ。

「目標は、おかーさんをいじめた、怪獣ミサドンよっ!!」

びしっ! とばかりに背後を指さすと、勇ましく敬礼を返してくる碇家長男坊。

そして部屋の隅にとって返すや、小さな身体に抱えきれないほどのオモチャの銃を持って戻ってくる。

それを周囲に突き立てると、シンジに羽交い締めにされたまま茫然としているミサトに向かい、

「うてーっ!!」

アスカの号令一過、複数の銃口が火を噴いた。

オモチャといっても侮るなかれ。グーの形の拳くらいの弾丸が飛び出すタイプなど、それなりに当たれば痛い。

それが、狙い澄ましたようにミサトの顔面を直撃したからたまらない。

「ちょっ、やめっ、たんま!!」

悲鳴を上げるが、銃弾の雨は休まることがない。

自分の娘が嬉々としてこの攻撃に参加しているあたり、ミサトとしては救われない部分だろう。

「わーかった、やめ、やめて! 降参するからっ! こうさんっ!!」

結局ミサトは白旗を上げ、アスカは勝ち誇る。

「あたしには、とっても頼りになる親衛隊がついてるんだからねっ!」

ミサトも脱力して笑うしかない。

子供たちも笑い、更に両親の笑いも唱和していく。

このようなささやかなイベントが起きるのも、全てか満たされているから。

ただ幸せを再確認するだけ。

そして幸せは、何度確認してもいい。












































月が満ちて、また欠けていく。

幸せもそのようなもの。

見えなくなっても嘆く必要はない。

なぜなら、また月は満ちてくる。

幸せは、必ずそこにある―――。



















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