惣流・アスカ・ラングレー。

金髪碧眼の日独クォーター。

国籍はアメリカ。

13歳でドイツの大学を卒業。

2015年来日。



…彼女は、独語、英語、日本語を使いこなす天才少女である。

しかしながら、この三つの言語の中で、1/4の母国語でもある日本語を、彼女は最も不得手としていた。

他の二つの言語はアルファベットの組み合わせで成り立つの比べ、日本語は仮名、漢字、更に和製英語のようなものまで加わる。

おまけに同音異語も存在するため、いくら鋭敏な彼女でも、すんなり知悉するまでには至らなかった。

日常的に使いこなすべく努力を続ける彼女であったが、純日本人の日本語すら乱れる一方、表現上の勘違い、間違った使用などしたことも一切ではなかった。

以下には、その際のエピソードを列記することにより、現代日本の若者らに正しい日本語(?)が身に付くことを願って止まない。




























































放課後。

やっと今日一日も終わったという気怠い空気が漂う中、それを切り裂くように金髪の少女が黒髪の少年に近づいた。

「ねえ、シンジ、今日も『あいびき』ね!!」

その声に、教科書を鞄に詰め込んでいたシンジは思わず手を止める。

「……『あいびき』?」

間抜けな口調と表情になってしまう少年に、アスカは腰に手を当て胸を張った。

「ほら、先週の火曜日の夕食もそうだったじゃない。『あいびき』。あれは最高だったわ〜」

ようやくシンジも合点がいったようで、鞄を持ちながら立ち上がる。

「わかったよ。今晩もそれにしよう」

「よっし♪ あいびき〜、今夜もあいびき〜♪」

上機嫌でハナウタを口ずさむアスカ。

連れだって教室を出るわけだが、どういうわけか教室に残っている連中の視線が奇妙に生暖かい。

少しだけ気になるアスカではあったが、彼女の機嫌の良さには瑕瑾にすらならなかった。

それでも、なぜか小走りで後を追いかけてきた洞木ヒカリの耳打ちに、ちょっと疑問に思う。

「アスカ…その、えーと、あまり大声で触れ回るもんじゃないと思うんだけど…?」

「??」

小首を傾げるアスカに、なぜか赤面してお下げ髪を揺らしながら親友はいってしまう。

意味が分からないので、仕方なく最寄りの人間にアスカは尋ねた。

「というわけだけど、アンタ、どういう意味か分かる?」

下足箱から靴を取り出しながら、シンジはのんびりと考え込む。

靴を掃き終えてから、ゆるゆると彼は答えた。

「あー、そうか。同じ発音だけど『あいびき』ってのは違う意味もあるんだよ」

「…どういうこと?」

「えーとね、漢字で書けば分かるんだけど…」

校庭に出たシンジは、しゃがみ込んで棒きれのようなもので地面に字を書いた。

「アスカの言っている『あいびき』ってのはこう」

砂地に書かれたのは『合い挽き』。

意味は、牛肉と豚肉をまぜてひいた挽き肉。

コクリと頷くアスカ。

そう、彼女が口にした『あいびき』とは、合い挽き肉で作ったハンバーグ。

この間シンジに作ってもらったヤツは、牛肉とタマネギだけのより、また一味ちがって美味だった。

さっそくお気に入りに登録した彼女はそれを本日の夕食にねだったわけだが。

アスカが頷くのを確認してから、シンジは地面にもう一つの字を書いた。

「で、これも『あいびき』って読むんだ」

『合い挽き』の隣に書かれた文字。

『逢い引き』

「へ〜。こう書いてもあいびきって読むんだ。で、意味は?」

「意味はね…」

答えた直後、シンジはアスカに引っぱたかれて地面にひっくり返った。

「……な、な、なんであたしがアンタなんかと人目を忍んで…!!」

狼狽することしきりの彼女の顔を真っ赤っか。

あたしはそんなことを上機嫌で吹聴して廻ったワケ!?

理不尽な所行に、制服に付いた砂を払いながら起きあがったシンジは、つい余計な一言を漏らしてしまう。

「でも、一緒に住んで夕食の注文をするんだから、今更って気もするけどね…」

「……やかましいっ!!」

茜色に染まるグラウンドに、卍固めの二人の影と碇シンジの悲鳴が、長く長く伸びていく。











レッスン1

逢い引き    あいびき あひ― 0 4 【▼逢い引き/▼媾▼曳き】


意味 

男女が人目を忍んで会うこと。密会。ランデブー。























昼休み。

鈴原トウジ、相田ケンスケらと昼食を摂っていたシンジは、金髪の同居人が近づいてくるのを見た。

彼女の手には弁当の包みが握られている。

どうしたのかなー? と首を捻るシンジに、彼の目前まで来たアスカは一喝する。

「ちょっと、シンジ! あんた、お弁当に一体なに入れてんのよ!!」

「…はあ?」

叱責される理由が思い至らないシンジは、間抜けに問い返してしまう。

その表情にらちがあかないと思ったらしいアスカは、持っていた弁当箱を開封した。

衆目にさらされたおかず入れの箱の中には、傍目にも大変美味しそうなウナギの蒲焼きが。

「…もしかして、アスカ、ウナギだめだった? 今日は土用の丑の日だから、冷凍ものだけど入れておいたんだけど…」

「ハア? 土曜の牛の日ぃ? アンタ何いってんの? 今日は木曜日よ?」

さもバカにしたような目で見下ろして、アスカはもう一つの方の弁当箱、ご飯が入っている方を開けた。

ちなみに彼女は、他の女生徒のようにおかずより少ないご飯を突く趣味はない。おかずもご飯も三食ガッチリ食べる。

ご飯も、別段変わったようにシンジには見えなかった。

いつもの日の丸弁当だけど、アスカは何が気に入らないんだろう?

首を捻るシンジに、金髪の少女は詰め寄ってくる。

「アンタ、あたしが食べ合わせを知らないとでも思っているの…?」

押し殺した声に、やっとシンジもピンと来た。

「ああ、梅干しとウナギの食い合わせのことか」

呟いた途端、アスカに掴みかかられた。

「このバカ、あたしのお腹を壊す気!? それとも嫌がらせのつもりなの!?」

「え? え? だって梅干しはご飯が傷まないように入れただけだし…」

シンジの抗弁に耳を貸さず、襟元を締め上げながらアスカは怒鳴る。

「夕べだって、天丼食べさせた後、デザートにスイカなんか出して!! おかげで朝方からお腹の調子悪いんだからね!!」

「それは、アスカが加持さんから貰ったスイカ見つけて食べたいっていったから…」

「うるさい!! このバカ!! 確信犯!!」

「だから、そもそもウナギと梅干しのとりあわせは苦しいよアスカやめ」













レッスン2 食い合わせ くいあわせ くひあはせ 0 【食い合(わ)せ】


意味

(1)かみ合わせること。かみ合わせ。
(2)一緒に食べると有害であると考えられている食べ物の組み合わせ。ウナギと梅干し、スイカと天ぷらなど。また、それを同時に食べること。食べ合わせ。
「―が悪い」
(3)取引で、呑(の)み行為のこと。


補足。スイカと天ぷらは、水と油の取り合わせということで、確かに消化に悪いらしい。
しかしながら、ウナギと梅干しの食い合わせには健康に悪いという根拠はない。
江戸時代の風潮、ウナギは豪勢で梅干しは吝嗇の食べ物であるという世相を反映し、豪華なものと吝嗇くさいものを一緒に食べられるか、という江戸っ子気質が根拠であるという一説もある。





















「しっかし、惣流のヤツ、ホンマに如才ないのう。可愛いのは外ヅラばっかやで」

鈴原トウジが教室でそうぼやく。

それはシンジにも賛同できる意見だった。

確かにアスカは非常に他人受けがいい。

教師陣はいうに及ばず、後輩や先輩、他のクラスの生徒たちにも受けがいいのだ。

ところが、身近な面子に対しての接し方は、彼女の地が剥きだしになる。

居丈高で、傲岸不遜な態度。

それでもシンジは一応弁明を試みる。

「…いや、家だとそうでもないんだけど…?」

シンジの呟きを軽く無視して、トウジは頭を掻いた。

「やっぱりあのアマに思い知らせてやるわ」

呟くなりノートの1ページをむしり、なにやらマジックペンで書いている。

「まあ、黙って見てろや」

片目をつぶり立ち上がったトウジは教室を出ようとしているアスカの背中を追う。そして入り口付近で交錯。

「おっとすまんの」

傍目にもすれ違ったとしか見えない光景。

廊下を経由し、もう一つの出入り口潜ってシンジの元に戻ってきたトウジは、親指を上げガッツポーズ。

小学校時代、スカートめくり王、略称ストリーキングと呼ばれた鈴原トウジの技は健在だった。

なにせ捲られた当人すら気づかず、実行犯は遙か安全圏から翻るスカートの中身を検分できる手腕である。

そんな彼にとって、すれ違いざまに背中に紙片を貼り付けるなど造作もない。

呆れてシンジは悪友を見やる。

遠目にも、アスカの背中になにやら紙片が貼り付けてあるのが伺えた。

そのまま気づいた様子もなく教室を出ていってしまうアスカ。

クックッと忍び笑いを漏らすトウジに反し、シンジは落ち着かない様子。

結局、シンジの忍耐は五分と持たなかった。

「トウジ、ごめん…!」

別に彼は悪くないのに、とりあえず謝って教室を飛び出す。もちろんアスカの後を追うために。

廊下に出て、辺りを見回すシンジ。

アスカは…いた。

どうやらトイレから帰ってくる途中のよう。

でも、彼女の背後の生徒が目を丸くしてクスクスと笑いを漏らしているあたり、紙片はそのままなのだろう。

駆け寄ったシンジは、やや乱暴にアスカの手を掴むと、人気のない場所まで誘導する。

「ちょっとアンタ、なんのマネよ?」

訝しげな表情になるアスカに、シンジは、

「ちょっとごめんね」

背中の紙片を外して目前に持って来てやる。

驚いたことに、アスカは微動だにしなかった。むしろ微かに笑っている。

紙片に青い瞳を落として、アスカは腕を組んだ。

「アンタ、あたしが鈴原のバカにこれを付けられたの、気づかないと思う?」

「え…?」

「さっきトイレで気づいて鏡で確認したわよ」

だったらなぜ外さないの? と訊いてくるシンジに、アスカは破顔した。

「あたしだってバカじゃないから漢字くらい読めるわよ。それ『美人』ってかいてあるんでしょ?」

思わずシンジは紙片を見直してしまう。確かに美人と書いてある。書いてあるが…。

「あたしにピッタリじゃない♪ だからわざと外さなかったのよ」

「…あのさ、アスカ。確かに美人て書いてはあるけどね…」

シンジは説明する。

紙片に書いてある『八方美人』の意味を。

果たして、説明を聞き終えたアスカは不敵に笑った。

「ちょおおおっと鈴原の大バカに、『爆裂強打の型』決めてくるわね?」

「…そのバールと鉄パイプ、一体どっから出したの? って、ダメだよ、アスカ落ち着いて…!!」











レッスン3 【八方美人】はっぽう-びじん 

意味
 
《どこから見ても難点のない美人の意から》だれに対しても如才なく振る舞うこと。
また、その人。非難の気持ちを込めて用いることが多い。






















学校にて

「ねえ、ちょっとシンジ。アンタ国語辞典持ってない?」

「え? …持ってないよ。だいたい今、体育で、女子は跳び箱だろ?」

「はっ、ホント役立たずね、アンタは! 体育だろうがなんだろうが百科事典くらいまで携帯してみせなさいよ!」

「無茶苦茶だよ…。そもそも文句いう前に、アスカが携帯するようにすればいいじゃないか…」

「うっさーい!! シンジのクセに口答えするな! 生意気よ!! だいたいアンタはね、あたしが要求したら即座になんでも持ってくる義務があるのよ!!」

「なんだよそれ!?」

「あたしの為に奉仕するのがアンタの存在意義なの! それ以外に、アンタには何の価値もないのよ! おわかり!?」

「………」







家にて

「…今日は、その、ごめんね、シンジ…」

「え…?」

「あたしってさ、まだよく日本語分からないからさ、最近は思いついた言葉はすぐ辞書に引くようにしてるんだ。ほら、この間の鈴原とかの件もあるし…。」

「…そうなんだ」

「すぐに調べないと忘れる! と思って…バカよね、ちょっと考えれば体育の授業中なわけだし。無茶苦茶いってアンタに当たり散らしたりして、サイテーね、あたしは…」

「そんなことないよ! そ、そのアスカが頑張って日本語を覚えようとしてるんだし、努力しているわけだし、すぐ、調べられないと、ぼ、僕だってイライラすると思うし…!!」

「…うん。そういって貰えると嬉しい……かな? あはは…」

「そうだよ、アスカは悪くないさ…!!」

「…えへへ、ありがとシンジ…」

「ははは…」

「ふふふ…」

「ご、ごほん。ところでアスカ、キミは一体今日何を調べようとしたの?」

「あ、うん。そうそう、シンジ。アンタ『ツンデレ』って言葉の意味分かる?」

「…………………………えーと」













レッスン4 

ツンデレ (つんでれ) ツンツンデレデレの略と思われる。





意味:     上 記


























続く…かもしれない




















(2005/7/30)




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