今日も雲が流れるのが早い。

夜の窓から月を望み、そう考える。

形を変えながら疾駆する雲の姿を、当事者たちは俯瞰できうるか。

答えは否。

月という観察者のみがそれを可能とする。

引き裂くようなスピードと変化を。

なぜかそれはもの悲しく見えた。

惣流・アスカ・ラングレーの、無事な片目に、もの悲しく映った。

「アスカ…?」

訝しげな少年の声が、彼女を振り返らせた。

お盆を抱えたその痩せぎすな姿を視界の隅に捉えたとき、ベッド上のアスカの体内で、何かが鳴動する。

一瞬、青い瞳は険しくなる。そしてたちまち弛む。

それは、冷えかかったマグマのような感情。

熱く、冷たく、それでも人を焼き殺せるほどに。

結局、傍らに少年が来るまで、彼女は視線を逸らし続けた。

「…ほら、ご飯だよ」

サイドテーブルに置かれたお盆。蓋を開けたのは多分小さな土鍋。

消化にいいという理由だけで提供され続ける粥料理。

いくら味付けに工夫されているとはいえ、いい加減辟易する。

「食べさせて」

ぶっきらぼうに言う。

明らかに怯む少年の気配。躊躇っている様子。

狼狽する姿を見ようともせず、アスカは口中で呟く。

碇シンジ。

いくら名前を繰り返したところで、その本質は変わりはしない。

環境が変わっても、それは同じ事で、本人が意識しなければ何も変わり様はないのだ。

ふっと自虐的な笑みが口元を掠める。

それは、あたし自身にもいえること。























Reproduces under the moon
































愛憎は表裏一体。

この陳腐な表現が、惣流・アスカ・ラングレーのボキャブラリーに追加されて久しい。

たしかにどちらも両極的な感情だ。これほど強い感情もないだろう。どちらも対象に執着するという意味で。

しかし、それだけの理由で、好嫌の違いも同ベクトルで語られては敵わない。

要は、表裏一体といえど、コインみたいに易々と簡単に裏返るもんじゃない。

そう乱暴に結論づけて、アスカはどうにか精神の安定を保っていた。

元々あたしは憎んでいる。

碇シンジを憎んでいる。

呪詛めいた呟きを漏らしながら、搬送された病院のベッドで白い天井を睨み付けていた。

それはまったくの事実であったから、その時点においては、彼女は首尾一貫していたとは言える。

衰弱はともかく、不具になりかけた身体は、精神を確実にマイナス面に追いやってくれた。

回復していく身体と比例して強くなっていく怒りというは、実は甚だ矛盾するものではないのか。

ようやくベッドに起きあがれるだけの健康を回復した途端、全体力は見舞いに日参する少年への罵倒に費やされた。

彼に対する怒りは正当性を欠いたものであるとは思っていない。

しかし、常軌を逸したものであることは、アスカも重々承知していた。

精神的に打ちのめされた少年が病室を辞して言った後、明日から彼は来てくれないんじゃないかと何度後悔に襲われたことか。

眠れぬ夜を過ごながら、もし明日来たなら少しは優しくしてやろう。そう決意する。

どう形容したところで、彼にしか怒りのぶつけ先はなく、彼しか共有してくる人間はいない。

あの忌まわしい記憶も、それ以前の少しだけ楽しかった記憶も。

だけど、翌日も少年が見舞いに訪れると、その決意も簡単に翻ってしまうのだ。

それはしばらく続いたと思う。

その間、辛抱強く見舞いを続けてくれた少年には、今では感謝の念すらある。それが彼にとっての贖罪の行為だったとしても。

怒りの感情というのは、実のところ長続きはしない。また、維持するのも難しい。

ぶつけて、発散して、自身の境遇を受け入れれば、それは大半が霧散してしまう。

燻った炎は時にして再燃するときもあるが、それは何かの燃料が注がれたときだけ。

大抵は冷えかかった炭のように、意識しなくなる。

案の定、怒るのにも飽いたアスカは、無人の病室で考える。

もし、あの時、あたしが他の行動を取っていれば。

シンジがあたしを助けてくれれば。

脳裏でifを繰り返す、精神的代償行為。

その結果で得た薪によって怒りを再燃させ、少年の過去の行動を叱責するのが第一段階。

不承不承、少年の境遇に思いを馳せるのが第二段階。

なんとなく彼の行動に共感し始めるのが第三段階。

そして彼女自身の行動を反省し始めてしまえば、もう怒るだけの理由は潰えてしまう。

一般的には妥協や諦観と称されるかもしれないが、アスカにとってそのような意味づけは重要ではない。

元来、人間は、マイナス方向の記憶などリフレインしたくない生き物だ。

日々の生活の苦境も、楽しい記憶があるから生きていける。楽しい記憶を増やす為に生きていく。

アスカがそう思い至ったのは、少なくとも彼女の精神が健全な方向に向かった証しには違いない。

拠るものを無くした彼女が、このように自己を再構成しえたことこそ、或いは奇跡と形容されるものかも知れない。

となれば、少年の見舞いに対し、感謝の念が沸いてくるのも当然と言えよう。

同時に、アスカは自分の腕も見下ろしている。

包帯を巻かれた右腕。

色あせた左目。

毛ほどの傷がついただけで、宝石はその価値を大きく損なうという。

きっとあたしもそうだろう。

誰も、あたしを綺麗だなんて褒めてくれやしない。

もう、人前にも出られない。

羽根を痛めた白鳥は、二度と湖で踊れやしないのだ。

だけど。

その責任を全て少年に押しつけるのは、やはり情けないと思う。

あんまり思い出したくないけど、やはりあたしはあの時に負けたんだから。

だから、もう非難しても仕方ない。悔いても傷が癒えるわけでもない。

そう決めて、冗談めかして口にした台詞。

「はあ…、もうあたしも『天才美少女』の定冠詞を外さなきゃねえ。こんな怪我してちゃ…」

驚いたような少年の表情。

続いてしどろもどろの口調で言ってきたのは、彼なりの不器用な慰めだったのだろうか。

「そ、そんなことないと思うよ! だいたい、アスカはアスカさ…」

これを告白と受け止めるほど、その時のアスカは鈍くはなかった。

変わりに心臓が激しく痛む。

その晩、一人で布団にくるまりながら、痛さの形容に『甘い』ってのがある日本語は、卑怯だと思った。

かといって翌日から彼に対する態度を変えられるほど、アスカは柔軟性に富んではいない。

彼女の救われないところは、その比類ないプライドの高さにある。

15年近く付き合ってきたそれは、実に彼女の半分以上を構成してきたもので、そう易々と他人に心を覗かせたりしないのだ。

同時にそれは彼女を固く戒める。

あたしは惣流・アスカ・ラングレー。

天才少女。世界中から選ばれたエリート。セカンドチルドレン。

形骸化した肩書きを離れてなお、プライドは彼女を縛る。

それはしばし偽悪的な具体像となって、アスカ自身に囁きかけるのだ。

アンタ、シンジの事が好きなわけ? 何考えてるの? アイツが元凶なのよ?

そもそも、アイツがあたしのことを好きなの? そりゃあ前に一緒に住んでいたころは脈があったけどね…。

クククと笑うもう一人の自分に、アスカは反論出来ない。

仮に好きだとしても、それが同情じゃないなんて、断言できる?

アスカは耳を塞ぐ。

同情なんて、真っ平ごめんだ。

あたしは、あたし。

怪我をしたあたしはあたしじゃなくて。

だから、あたしを見てあたしを見てあたしを見て…!!

ベッド上に跳ね起きる。

寝汗が気持ち悪い上に夢もくわわって最悪な気分だ。

それでも、跳ね起きられるだけの体力を回復した自分を発見してふと笑みが浮かぶ。

なんともポジティブシンキングな自分。

やや自虐的な色を瞳に乗せて、アスカはサイドテーブルの封筒を見た。

大判な封筒には、幾つもの資料が詰まっている。

内容は、チルドレンの出向要請書。

スイスまでいったが最後、数年は帰ってこられない。

しかも、要請されるチルドレンは一人だけ。

シンジかあたしのどちらか一人だけ。














「だから、シンジが行きなさいよ」

お粥を食べさせる手を止めて、酷く少年は驚いていたように思う。

「…ぼ、僕が行くの…?」

確認という体裁をとった、それは質問だった。

どうして僕が? アスカが行くとばかり思っていたのに。

黒い瞳が無言で訴えてくる。

アスカため息をついて見返す。

案の定、シンジは誤解していた。

でも、まあ、それはひとまず置いておいて。

「だって、あたしはまだまだ身体が良くなってないし」

この期に及んで冗談が口に出た。いけないと自分を叱咤して口調を変える。

「…もう別に、あたしはシンジのことを疎ましくなんか思っていないわよ」

真っ直ぐ見つめていうつもりが、なぜかそっぽを向いて言ってしまった。

情けないと思いつつ言葉を紡ぐ。

「でもね、だからこそ、少しあたしたちは距離を置かなければならないと思うの…」

「なんだよ、それ! 全然意味がわかんないよ…!!」

シンジの困惑の声。

当然だ。アスカも困惑している。

どうしてこう上手く説明できないんだろう? 

イラだってしまいそうな感情を必死で慰め、質問。

「出向にかこつけて、あたしがアンタから逃げ出すとでも思ってた?」

全く不意の質問に、シンジは絶句。しばしの沈黙のあと、こう答える。

「…う、うん。逃げ出すってのとはちょっと表現が違うけど」

茫然さめやらぬ口調で彼は語る。

今回の出向ってことに関係なく、アスカは身体が治ったら日本を出ていくとばかり思っていた。

そしてもう二度と日本には戻ってこないかと。

アスカはここにいい思い出がないから…。

その答えに、アスカは瞬間的に腹を立てたが、まだまだ自制の範囲内だ。

続いて、二つ目の質問。

「じゃあさ、アンタは出向したくないワケ?」

この質問は、やや意地が悪い。もともとシンジの想定外だ。

少しだけ考え込んで、シンジは答える。

「…うん、そうだね。別に僕が行っても…構わないよね? しばらく日本のご飯食べられなくなるけれど…」

笑顔。アスカの表情を探ってくる笑顔。

彼女の怒りの水位があがる。まだ、まだ大丈夫。

「…シンジは、どうしたいのよ?」

「え…?」

「だから!! アンタは出向したいの!? したくないの!? アンタ自身の意思はどうなのよ!!」

ギリギリで踏みとどまっての理性的な質問、のつもり。

だけど、雷に打たれたようにシンジはすくみ上がる。

沈黙。空気だけが帯電しているかのようにピリピリする。

「……僕は」

ゆっくりとシンジは口を開く。

上目遣いの表情。捨てられるのを恐れる子犬のような目。

だから、答えと同時に、アスカはシンジを殴り飛ばしていた。

『アスカの好きなように、決めたことに従うよ』

従う、あたりで右ストレートを食らわせたように思う。

全然体重の乗っていないパンチだけど、傷痕に響く。そしてシンジに尻餅をつかせるくらいの効果はあった。

お粥はぶちまけられていたけど、土鍋が割れずに床に転がっていたのは不幸中の幸いか。

「ふざけんじゃないわよ!! アンタ、この期に及んで逃げるつもり!?」

「…!! 逃げて、なんか…」

床に転がったまま尻すぼみになる少年の台詞に、アスカは更に追い打ちをかける。

「そんなの、あたしの顔色伺っているだけじゃない!! あたしが決めたことに従う!? いいわよね、全部あたしのせいに出来てさ!」

鼻息を荒くするアスカに、一瞬だけシンジは大声を上げる素振りを見せたが、たちまち消沈した。

「…だって、しょうがないじゃないか。…そうするしか、僕がアスカに対して許しを請う方法がないんだから…」

項垂れながらシンジが口にした言葉は、あまりにも予想通りで、アスカの口元は綻んでしまう。

「だから、さっき言ったでしょ? あたしはアンタをもう疎ましく思っていないって…」

自分でも、信じられないくらい優しい声が出た。

「むしろ、感謝してるくらいよ。今まで、色々とあたしの世話を焼いてくれてさ」

頬が赤くなっていないことを願いながら続ける。

「だから、もうシンジが引け目を感じる必要は、ないのよ…」

真っ直ぐに黒い瞳を見つめて。

…そう、考えれば考えるほど、コイツに同情の余地はある。

心を許した友達をその手で殺して、それでもなお無理矢理エヴァに乗ることを強要されて、挙げ句人間に殺されかけて。

実際にその体験をしてもいない連中がシンジを罵るのは愚の骨頂だ。死後の世界を語り合うくらいに。

だったら、同情するしかないじゃない。

伝聞の状況に自分を当てはめてシミュレートするのは、人間にだけ出来る芸当だ。

当て嵌めて想像の翼をはためかせ、アスカは身震いする。

こんなの、あたしだって心を壊されるかもしれない。

これもまた人間特有の感情。思いやり。

信じられないくらいに優しい空気が二人の間にたゆたった。

やがて、シンジはノロノロと立ち上がりながら言う。

少しだけ、ううん、明日まで考えさせて。

その答えに、アスカは鷹揚に頷いていた。
















僕が行くよ。

翌日の、それがシンジの答えだった。

黒い瞳で真っ直ぐに見てくる姿は、それなりに固い決意の表れに思える。

瞳の周辺が赤いのは、昨晩の沈思の跡だろう。

同じく真っ向から視線を受け止めながら、アスカも頷いている。

実のところ、昨夜一晩時間を与えられたのは、彼女にとっても幸いだった。

感情は未だまとまらなくても、少なくとも言葉を吟味することは出来た。

同じく目を赤くした彼女は、一応、確認の言葉を唇に乗せる。

「…それは、逃げるわけじゃないのね?」

シンジは神妙に首を振った。

「本当は……逃げたいんだけどね」

眉根を寄せるアスカから、シンジは視線を逸らす。

「本当は…行きたくない。出来れば、ずっと日本にいたいよ」

後ろ向きな発言に反し、微妙な空気がアスカの口に閑をする。

胸が高鳴り脈拍が上昇したのは、おそらくその空気に共感できるものを感じたのだろう。昨晩、自分がベッドの中で考えたことと。

どれだけの時間がたったのか。

短いようでもあり長いようでもある沈黙の後、シンジはそっと言葉を継いだ。

「…ぼ、僕は……そ、その…ずっと…アスカのそばにいたいんだ……」

期待していた言葉。

予測していた言葉。

待ちこがれていた言葉。

嬉しくないわけはない。

それでも、感情を高ぶらせず、アスカはゆっくりともう一つの確認を行う。

「それは、同情じゃないわよね?」

きょとんとしてシンジは見返してきた。

その表情こそが、なによりも彼の心情を雄弁に物語っていたけれど、直後、シンジは必死の弁明を始める。

「そ、そんなわけあるもんか! そりゃあアスカを酷い目に遭わせたことに対して後ろめたさはあるよ! でも、それとは別で…!! その、そもそも初めてあったときから君に…!!」

軽く手を挙げて微笑んで、アスカは制した。もう十分だった。

「あたしも、アンタとずっと一緒にいたいわよ…」

それは偽らざる本心。

初めて意識した異性ではないけれど。

初めて許容できた異性ではある。

そして、もうこれだけ心をさらけ出して、なお汚れてしまった宝石を好んでくれる異性だっていないだろう。

でも、だからこそ…。

「…僕は、アスカのことが好きだ。惣流・アスカ・ラングレーの事が好きです…」

それは、まったくの不意打ちで、アスカはたちまちインナースペースから引き戻されてしまう。

なんてタイミングでストレートな攻撃を…とどうにか体勢を整えるので精一杯のアスカ。

早鐘のような心臓に、服の上から手を当て宥める彼女の青い瞳は、シンジの全身を見て和む。

握られた拳と足がプルプル震える。

顔だって真っ赤に強張っている。

おまけに涙目だ。

考えてみれば、シンジのようなヤツがこんな決めぜりふを咄嗟に出すことなんか出来るわけがない。

おそらくは昨晩必死で練習を繰り返したのだろう。

シンジにとっては一世一代の告白かもしれない。

いじらしい姿をもっと鑑賞していたかったけれど、アスカは答える。

「…うん。あたしも、アンタのことが好きよ」

存外、あっさり言えるものだ。晴れやかになるシンジの表情を眺めながら思う。

「でもね」

その歓喜に水をかけるのは、本当に心苦しかった。けれども、あえて掣肘する。なぜなら、シンジの次の台詞は分かり切っている。

『一緒に、どこか遠くに逃げよう』

間違いなく、それに類する台詞をいうだろう。

でも、それはなんら根本的な解決にはなっていやしない。

状況に立ち向かうわけではないそれは、結局は逃げに属するもの。

逃げていては何も進まない。

未来も、二人の感情も。

「だからこそ、あたしたちは距離を置かなきゃいけない。それぞれが自分で自分を見つめ直さなきゃならない…」

これも分かり切っていた事だけど、口に出すのは辛かった。

シンジも重々承知しているだろう。

お互いに、相手に依存しながら自分自身を再構成したことを。

そのプロセスで相手に好意を抱くのは、むしろ当然のことと言える。

では、その感情は強固なものであるのか?

ひたすら情的な脆弱なものではないのか。

後者のままで二人の関係を醸造するのは危険すぎた。

アスカは主張する。

傷を舐めあってだけ生きていくのは嫌だから。

少なくとも、太陽の下で微笑んで生きたい。

…聞き終えるころには、シンジはアスカのベッドに腰を降ろして涙ぐんでいた。

理由は二つ。

一つは、アスカの懊悩を思いやって。今更ながら単純な自分中心の思考だったことに嫌気が差す。

もう一つは、これからの別離に思いを馳せた結果だった。せっかく、お互いの意思を確認しあったばかりなのに、なおのこと心に突き刺さる。

「ほら、そんなメソメソするんじゃないわよ。男の子でしょ…?」

アスカはそういって頭を撫でてくれた。

その行動は、なんとなく元保護者を想起させ、シンジの頬が綻ぶ。

「…でも、長いよね…」

どうにか涙を拭い、シンジは言う。

別れは決まった。でも、その期間は長い。数年といえど、二人とももっとも多感な時期を別れて暮らすのだ。

「……そうだ、休みの日とか一時帰国とかでも帰ってこられるかも…!」

しかし、アスカはゆっくりと首を振る。

「ううん、一切会わないようにしましょ。メールや電話くらいならいいけどね…」

「…そんな、どうして?」

「これは、賭けみたいなものなのよ」

「…賭け?」

頬に当てられたアスカの手に自分の手を添えながら、シンジは問い返す。

「そう、賭け。あたしたちがお互いに、どれだけ自分だけで相手に対する想いを持ち続けられるか」

たびたび会ってしまえば、その感情は楽に更新されるだろう。でもそれは、既存の船の浸水を修理する結果に終始するだけではないのか。

今、お互いに求められるのは、まったく新しい船を自分で作り上げることなのだから。

「…もし、再会して、二人の気持ちが一緒だったら、その時は…」

後は唇を閉ざし、アスカは軽く目蓋を閉じた。

シンジも、もはやそれ以上問おうとはしない。

二人にとって二度目のキスは、彼の方からだった。















「…風邪なんか引くんじゃないわよ」

星空を行く旅客機を見上げ、アスカは呟く。

あれにシンジが乗っていた。

しばらくの別れ。実際に会えるのは最短で3年。最長で5年先となる。

それでも、空港で見送りはしなかった。

情けないことに、目の当たりにしたシンジの前で泣かない自信がなかったからだ。

「…大丈夫よ、きっと」

アスカは願う。それは自分とシンジどちらに向けられたものなのか。

鼻の奥がすんとなる。

冷たく寂しい夜風に乗って、脳裏の片隅に言葉が響いた。

まったく意地っ張りよね。素直に涙まみれで縋り付けばよかったじゃない。一言でいっても5年よ、5年?

あの根性なしがそれだけあたしを想い続けられるか疑問だわよ。

皮肉な表情を浮かべたもう一人の自分。

やれやれとため息をつきながら、アスカは一方的に宣言した。

これは、あたしも意識改革が必要ね。

そう、この別れて暮らす期間に、アスカ自身にも課題はてんこ盛りだった。

まず身体を完全に治さなければならない。学校にも行かなきゃ。

ああ、自動車の免許もとって、シンジが帰ってきたとき車で迎えにいってやろう。

そしてなにより、偽悪的な考えをする自分自身ともしっかりと決着を付けなきゃならない…。

まあ、偽悪ってからには、裏を返せば激しくシンジのヤツに期待してるのよね、あたしって。

そう決めつけると、明らかに脳内の自分がたじろぐ気配。

フェンス越しの滑走路に背を向けてアスカは歩き出す。

もう振り返らなかった彼女の目蓋に残る光景。

まるで鏡のように銀色な月。

雲一つかかっていないそれに映るように、嫌みなもう一人の自分が舌を出していたような気がした。































(2005/8/5)












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