美味しいご飯を食べ、たっぷりお湯のお風呂につかり、歯磨きをしてあとは布団に潜り込むだけ。

今日も一日が無事に終わりました。

おとーさん、おかーさん、おいしいご飯をありがとう。

などと、子供たちは素直に眠りにつくわけもなく。

むしろ三人の子供にとって、もう一つのお楽しみが待っている。

布団を被って寝る前のお話タイム。

毎日のこととはいえ、ヤレヤレという風体でアスカも子供たちの布団に併設した自分の布団に横になる。

「さて、なんのお話がいい?」

寝っ転がり、片腕で頭を支えながら、アスカは順々に子供たちの顔を眺め、最後にちらりと和室の壁際一面を占拠した本棚を見る。

古今東西の絵本が収められている本棚の、そのほとんどをアスカは読破してしまっていた。

まず、子供に聞かせていい内容のものか検閲する意味もあった。外国産のなんか、結構シュールで残酷だったりするし。

そしてなによりこのクォーターのママは、実は自分の幼い頃、母からお話を読んでもらった記憶があまりない。

むしろ、気がついたときには字が読めて、一人で本を読んでいたような気がする。

このような読み聞かせが、子供とのコミュニケーション及び教育上、とても有効で重要であるのは、絶賛体験中の彼女である。

子供たちのお気に入りのお話はやはりポピュラーなものばかりだ。

誰でも知っている話で今なお好まれるというのは、逆説的にいえば話としてそれだけ洗練、淘汰されてきた証拠だろう。

現代版の注釈をいれられたお伽草子を難儀して通読し、アスカは嘆息する。

古典の桃太郎なんか、そのまま聞かせられないもんね。瓜子姫やカチカチ山とかもトラウマになりそうだし…。

明敏な頭脳は衰えることも知らず稼働中で、未だ勉強熱心な若い母親であった。

一部では、その優秀すぎる頭脳を子育てに傾注させるのは勿体ないとの意見もあるが、それは彼女の知ったことではない。

「桃太郎? 金太郎? 浦島太郎? それとも三年寝太郎?」

いまやアスカの頭には、東西の昔話が三桁単位で完璧に記憶されている。

三人の子供に繰り返し話して聞かせているから、話術的にもかなりハイレベルだとの自負もある。

本当は、絵本を見せながら読んでやるのがいいんだろうけど、子供の顔を見ながら話すのが一番好きなのだ。

果たして、子供たちは顔を見合わせ、代表してもうすぐ六歳になる長男は首を振った。

「じゃあ、白雪姫? 眠り姫? 灰かぶり姫? それとも…」

黒いお姫さま、といいそうになって、慌ててアスカは口をつぐむ。故郷の昔話だけど、あまり聞かせたくない怖いお話だ。  

子供たちはまた顔を見合わせ、それから声を合わせていった。

「弱虫太郎がいい!」

「…また?」

思わず布団に突っ伏した後、どうにか体勢を立て直しアスカは苦笑する。

それは、たまたま絵本読むのが面倒臭くなったとき、彼女が適当に作り上げた昔話。





むかしむかし、遠い遠い森の国に、それは綺麗なお姫さまがおりました。

お姫さまには赤い巨人のお友達がいてとっても仲良し。

風のように大地を駆けて、山なんかひとっ飛び。誰も敵うものなどいない。

怖いモノなしのお姫さまは、巨人と一緒に海を渡る。

そして、海の上で弱虫太郎と出会う。

小心もので根性無しの弱虫太郎とあったお姫さまは一喝。

「あたしのお供にしてあげるわ!」

「…え? ど、どうして?」

逆らえない弱虫太郎を引き連れて、繰り広げられるは凸凹珍道中。





思いのほか好評だったため、調子にのって連作にしてしまったのが徒となったか。

熱心に頷く子供たちに、まあ仕方ないなとアスカは嘆息した。自業自得ともいえなくもないし。

「わかったわかった。…で、この間、どこまでお話ししたっけ?」

承諾したとたん、目をキラキラさせ子供たちは短く歓声を上げる。

そして長男が、

「えーと、お姫さまと弱虫太郎が鬼ババにつかまって閉じこめられて、いっしょに生活させられるところまでだよ!」

子供たちのほうが覚えているなんて、よっぽど面白いのかしら?

そうね、そうだったわね、などと適当に相づちを打ちながら、アスカは高速で話を組み立てている。

フォーマットはあるにしても、ほとんど即興ものだ。

「じゃあ、今日は、双子の化け物退治のお話から…」

アスカは話し始める。一応、おさらいの意味もこめて、前回のお話の終わりから。





弱虫太郎と旅と続けるお姫さまは、泊まった宿のおばあさんに、双子の化け物を退治するように頼まれた。

一宿一飯の恩義とばかりにお姫さまは赤い巨人と出かけるけど、返り討ちにあってしまう。

弱虫太郎も、お友達の紫鬼と一緒に出かけるけど、やっぱりやられてしまう。弱虫だから。

スゴスゴ帰ってきた二人に、本性を現した鬼婆は、怒って二人を無理矢理閉じこめてしまう。





「ねえ、おかーさん。どうしてお姫さまは鬼婆に閉じこめられちゃったの? お姫さま、うーんと強いんでしょ?」

「それはね、鬼婆は、ケンリョクっていう不思議な力を持っていたからよ。それには、素直ないい子は逆らえないのよ」

「ふーん…?」





ともあれ、閉じこめられた二人はケンカしてしまう。

原因はいきなりやってきた妖怪まっしろけで、この妖怪、なぜか弱虫太郎だけを助けようとしたからだ。

結局、仲直りした二人は、一緒に逃げ出して、双子の妖怪を退治することに成功する…。





次男がはしゃぎ、末娘は紅葉のように小さな手を打ち鳴らす。

「ようわむしたろー、かっこいい!」

「…そうね」

長男も尋ねてくる。

「ねーねー、おかーさん。お姫さまの巨人と、弱虫太郎の紫鬼、どこがちがうの? どっちも大きいんでしょ?」

「それはね、紫鬼には立派な角があったから。角があるのは鬼でしょ?」

「へー…」

さて、キリのいいところで止めたいところなんだけど。

まだ興奮しきりの子供たちに、アスカは諦めてもう少し話を続けることにする。





さらに一緒に旅を続けるお姫さまと弱虫太郎は、火吹き山の竜退治をすることになった。

赤い巨人で果敢に竜退治に挑むお姫さま。

伝説の剣を携えて、氷の魔法を使いながら、暑くて熱い山へと登る。





そこでまたまた長男が一言。

「なんか、わよーしょーちゅーだね!」

「それをいうなら、和洋折衷。…ってか、意味わかって使ってんの、アンタは?」





伝説の剣は折れてしまったけど、見事竜を退治したお姫さまと赤い巨人。

だけど、竜の最後の力で、溶岩の中へと引きずり落とされてしまう。

その時、火口へ飛び込んできた弱虫太郎と紫鬼が、ギリギリの所で助けてくれる。

お姫さまは、ちょっとだけ弱虫太郎を見直したりして。

火吹き山から下りた二人は、仲間に妖怪まっしろけと青入道をくわえ旅を続けて行く…。




気づけば、子供たちはみんなスヤスヤと寝息を立てていた。

ちょっとだけ優しく目を細め、アスカは全員に肩まで布団を掛けてやる。

そうしてから立ち上がり、電灯を消して豆電球だけを点けた。

…失敗したかなあ。

内心でごちり、アスカは頭を掻く。

彼女が頭を悩ませているのは、弱虫太郎の話をどこで切り上げるかだ。

このまま続けると、だんだん面白くなくなって来る可能性がある。

途中で、お姫さまと赤い巨人が仲違いする話は入れるべきだろうか?

それでなくても最後のほうの、八体の白い悪魔と、お姫さまと赤い巨人が闘う…なんてとこまでは、さすがに続けたくない。

それに、弱虫太郎は弱虫太郎じゃなくなるし…。

そりゃあ、最後に、「アスカは僕が護る!」なんて宣言して、敵をばっさばっさ斬って伏せた紫鬼はかっこよかったけどさ。

頭を抱えたまま和室を出ると、廊下では夫が彼女を待ちかまえていた。

「お疲れさま、アスカ…」

相変らずの線の細さ。それでも、芯が強くなったように見えるのは、決して配偶者の贔屓目じゃない…と思う。

いつの間にか背まで高くなって。初めて会ったときは、あたしの方が背が大きかったのに。

…まあ、いいか。

シンジの首に両腕を廻し、しなだれかかりながらアスカは考える。

どっちにしろ、弱虫太郎の話の結末は決まっているんだし。









二人は、結婚して、子供を三人もうけて、いつまでも幸せに暮らしましたとさ…。














結末を胸中で呟いたお姫さまは、弱虫太郎にキスをした。









めでたしめでたし。

























2004/11/13







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